今ひとたびの凱旋
皆さんお疲れさま、フューガ・フォン(ではないかもしれない)・ミュラーだ。
え? なんで急に『お疲れさまなんだ?』って?
『お疲れさまです』ってあいさつしたら、『お疲れさまです』って返ってくるだろ?
私は今、非常に疲れている。
『お疲れさま』って言って。
いかんいかん、何を甘えたことを。
脳の妹汚染が進行している。非常によくない。
私の余生に『一生の恥』という不治の病が植え付けられてしまう。
もう手遅れだと?
そんなことはない!
本日の英雄的戦果をもって、今までのは帳消しだ!
アネッサには
『人のいいところ悪いところって、相殺するんじゃなくて
「それはそれ、これはこれ」
だよね』
と言われたこともあるが。
確か
『最近モミアゲがんばってるよな』
みたいな会話の流れでの発言だったと思う。
西方方面軍時代の、捨て石みたいな偵察任務の恨みを忘れていないらしい。
というかアイツががんばったのは私たちがフルールへ亡命している最中の裏交渉だ。
最近先頭で戦っているのは結局私だ。
たとえ相殺するもんであっても、まだ私への借りが勝るな。
まぁモミアゲをあげつらう日課はこのへんにしておいてやろう。
今の私は疲れているけれど、とても機嫌がいいからな。
とっても。
何せ、
「英雄の帰還だーっ!!」
「おおおおおお!!」
「ミュラー卿万歳!!」
「フレデリカ殿下万歳!!」
「ドミニク殿下万歳!!」
「マルグリット殿下万歳!!」
「白十字王国万歳!!」
思い出すだけで疲れる一騎打ちのあと。
見事勝利した私は、2度目の妹魔法を発動。
別の意味でヤツにトドメを刺した。
完全勝利である。
ちなみにヤツの痴態に関しては、私の胸に秘するものとする。
非常に憎んだ相手であるが、騎士として一定の敬意を持つに値する相手だった。
それをあそこまで踏みにじったとき、目の当たりにしたとき。
私は深い後悔に包まれたのだ。
やるまえは
『殺すだけでは飽き足らぬ』
『尊厳を破壊してやる』
と鼻息荒くしていたが。
惨い。惨すぎる。
君たちの世界には
『殺したかっただけで死んでほしくはなかった』
とかいう言葉があるそうだな。
その気持ちがよく分かったよ。
え? 使い方が違う?
まぁいいや。
ナルデーニ、君もすまなかった。もっと早く気付くべきだった。
話がメチャクチャ逸れた。
とにかく、私は魔法によって『鉄鹿』を洗脳。
完璧なお姉、もとい操り人形へと変貌させた。
それによって、1回目の要求どおり、
神聖鉄血帝国軍の撤退と
マルグリット殿下の引き渡しに同意させた。
乱戦になっていた両軍には即座に戦闘停止命令が下された。
正直鉄血側からすれば、いかに指揮官命令とはいえ
『はいそうですか。分かりました』
とは思えないヤツもいただろう。
全体で言えば、全然彼らも負けてはいないのだから。
だが、私と馬を並べる『鉄鹿』の姿。
しかして彼女だけが丸腰になっているのを目撃したらば。
『確かに我々は負けたのだ』
そう理解するだけの冷静さを持ち合わせてくれていた。
かくして私は勝利とマルグリット殿下の身柄を手に入れ、
白十字王国決死の切り込み部隊は、一切追撃を受けることなく、
悠々と敵中ど真ん中をあとにした。
その結果がこの凱旋、味方の歓声だ。
先に引き上げたフルール軍すら人の壁で道を作り、私たちを讃えてくれる。
何言ってるかは分からんが。
それでも因果なもんで、人殺しをしたあとだし勝っても負けても
『2度とするか!』
と半ギレで帰ってくるのが常なのだが。
高揚感、自尊心、名誉欲。
この瞬間は悪くないと思えてしまうのも騎士の常だ。
「ミュラーさま!」
「ミュラー卿!」
おお、すっかり聴き馴染んだこの声は。
こちらから参上しようと進んでいる道の先から走ってくるのは。
今や何を恐れることもない戦果を上げたこの私が、わざわざ下馬して膝をつくのは。
「アデライド殿下、ドミニク殿下。ご機嫌麗しゅう。
不肖フューガ・フォン・ミュラー。
謙遜いたしますことが騎士の美徳なれども、
今ばかりは胸を張って、
『両殿下のご期待にお応えし、よろしく敵を退け責務を果たした』
と報告させていただきます」
深々と頭を下げ、恭しく申し上げると、
「面を上げなさい、ミュラー卿」
『ミュラーさま』ではなく『ミュラー卿』。
ドミニク殿下と同じように格式を優先したアデライド殿下のお声が、
頭上ではなく同じ高さから聞こえてくる。
思わず顔を上げると、目の前に殿下のお顔が。
同じように膝をつき、目線の高さを合わせていらっしゃる。
「殿下! そのようなこと!」
「かまいません。
むしろこのたび私をこれほどまでに助けたこと。
悲願の一端を成し、この国の未来を繋いだこと。
この功績を讃えるに、あなたはなんの論拠をもって
『過分な対応である』
などと定めるのですか。
『いくら称賛されても足りることはない』
と言うべきではないのですか」
「御意にございます。私が浅慮でございました」
すっかり『王者』の使い方を身に付けてしまって。
恐ろしいことだ。
「しかし、おそれながら殿下。
尽きぬ賛辞はまたの機会としていただきとうございます。
まだ神聖鉄血帝国を一時的に退けたのみ。
目下向かうべきベルノと僭王ハインリヒは健在のままです。
我々は次への対策を考え、戦い、正しい天の理天の道を敷かねばなりません。
その全てが果たされしとき、新しき国家と解放されし民への祝福に併せて。
我が功に報いていただきとうございます」
我ながら脳筋がよくこんな言葉スラスラと出るもんだ。
私もわずかな宮中の暮らし、傅役の責務のなかで、成長したのかもしれん。
殊勝な言葉にアデライド殿下は頷くと、
ドミニク殿下へ目配せする。
ドミニク殿下は少し焦ったように頷いた。
「その言その意気やよし!
必ずベルノを陥落せしめ、悪王に鉄槌を喰らわせ、
神と国家とエーデルワイスの前に跪かせるべし。
よき報告を待っている」
「ははーっ!」
あまり考えたくはないのだが。
全てに勝利したその先には、
『どちらの殿下がこの国を戴き、戴かれるのか』
という話が待っている。
アデライド殿下はすでにお心を決めておられるが。
はっきり言って私やモミアゲ、
あとは国家奪還後に手を組む政治家たち。
こういった国家の重鎮たちの結論は、
都合は今分かるものではない。
いまだ答えが出ないこの状況、
『どちらかが王者として振る舞いすぎることは避けたい』
ということを、両殿下なりに察したコンビネーションだろう。
だが、何はともあれ。
そんなことを考えられるくらいには、状況が前に進んだと言えるのだ。
他ならん私の勝利によって。
──熊と鹿 完──
お読みくださり、誠にありがとうございます。
少しでも続きが気になったりクスッとでもしていただけたら、
☆評価、ブックマーク、『いいね』などを
よろしくお願いいたします。




