巡り合わせ
血で赤黒くなったのを取り除けば、
いや、そもそも血濡れているときから顔の下半分は見えていたが。
顕になるのは女性的なキメ細かい白い肌。
それは男性でもそういう人がいるとして(モミアゲとかウザいくらい肌キレイだ)。
顔の造作。
これは明らかに女性のそれだ。
なぜ気付かなかったんだろう。
いくら顔が血まみれだからって、目鼻立ちまで変装はできない。
散々見たどころか、憎くて脳裏に焼き付いた顔ですらあるのに。
だが、よく考えれば。
メイクやただの返り血と呼ぶには悍ましいものだ。
わざわざ頭上で人を切り裂いて、血のシャワーを浴びたかのような。
言うほど顔を直視していなかったかもしれない。
「だとしたらなんだね。手加減は無用だぞ『女熊』。
ひとたび戦場に出たらば、死するに男女の別はない。
性差で見逃されたり得をしようなどと落ちぶれてもいない。
何よりあなたもまた女性なのだから」
「あぁ、いや」
そういうことに困惑しているわけではないんだが。
まぁいいか。
確かにアイツが男でも女でもナメクジみたいな雌雄同体でも、大局に影響はないし。
「仕切り直し、ってだけだよな」
何より気にしている場合ではない。
いくらフルールの軍勢が敵の多くを引き付けているとはいえ。
私たち白十字自体は、寡兵で先行し敵勢のど真ん中にいるのだから。
素早く決着せねばならない。
「はあっ!」
遠間からの踏み込みと同時、突進の勢いを乗せた袈裟斬り。
左肩狙いの一撃は頭より高い位置で防がれる。
ならばお互いの剣が正面から外れているうちに体を寄せ、足払いを仕掛ける。
息をつかせたくない。
だが相手もそれは分かっている。
中途半端に崩れるより、あえてさっさと尻餅をつく。
足ではなく地面で体を支えることにより踏ん張りが効く。
そうして私が袈裟斬りを押し込もうとするのを耐え、
「うらあっ!」
「うおっ」
長い脚を生かし、私の股のあいだに差し込んで跳ね上げる。
真面目な場面までメタな例えになるが、柔道の内股と巴投げを混ぜたようなかたちだ。
とにかく頭を打たないよう、自分の剣が刺さらないようにだけ気を付けて受け身。
この際背中から落ちて肺に衝撃を喰らうのは我慢する。
だが呑気に叩き出された酸素を補給している暇はない。
キレイに仰向けになった利点を活かし、そのまま転がって位置を変える。
加速を利用し勢いで起き上がると、私が投げられたところに『鉄鹿』が立っている。
モタモタ空気を吸っていたら、口に切っ先を突っ込まれるところだったな。
だがまだ気は抜けない。
ここまでいいようにヤラれっぱなしだった『鉄鹿』に、ようやく巡った主導権だ。
私の体勢が整うまえに、攻守交代とばかりに突っ込んでくる。
膝立ちの頭上から被せるように、今度は向こうが振りかぶる。
ならばとこちらも剣を頭上へ、水平に受け出したところで、
「い゛っ!」
またも脚技、強烈な蹴り上げ。
長い脚で遠心力の乗った一撃が、左脇の関節のところ、鎧の隙間に突き刺さる。
マズい。してやられた。
妹魔法でモタついているうちに、ここ一番のバカ力を回復したか。
チャンスを逃すとピンチに陥るとは言うが。
だがこのクリーンヒットは『鉄鹿』も想定外だったらしい。
「うわっ! たっ!」
おそらく胸の辺りを蹴って私を仰向けにする、くらいの算段だったんだろう。
鎧相手にダメージは出せないからな。
だが予想外に効き、かつ硬いもの同士の衝突で反発を起こせなかった結果。
むしろ私は前方へうずくまってしまった。
『仰向けに馬乗り』の絵図を描いていた向こうからすれば、急に間合いが詰まる。
目測を誤った『鉄鹿』は、
私に躓き、半ば吹っ飛ぶようにすっ転んだ。
「うぐぐぐぐ……」
「う、う、く、く……」
よく見れていなかったが、ヤツもどこか痛めたらしい。
乱戦の最中、呑気にうずくまる長身女騎士二人。
だが、両方負傷ならスタミナの分だけ私の方が有、
利……
「おぉ」
「ここまで来ると、
いよいよ『正々堂々』だなんだとは言っていられんな」
『鉄鹿』が飛んでいった先。
そこには
私が手放したハルバードと馬がいる。
『鉄鹿』は苦痛に歪んだ表情のまま笑うと、
「これは、重いな。改めてあなたは、とんでもない英傑だと感じ入る。
だからこそだ」
ハルバードを引きずるように持ちながら、馬に跨った。
いよいよもってヤバいか。
私から『鉄鹿』の得物や馬は、
遠いな。
「はっ!」
向こうはもう容赦なくスタートを切っている。
走っても間に合うまい。
やるしかない。やるしかないか。
長柄武器と馬の加速相手に、剣1本で。
それともここで、大声で『お姉ちゃん』と命乞いでもすれば届くか?
いや、馬にも効くなら急停止を見込めるがな。
間に合わんと考えた方がいい。
こうなったらもう、腹を括るか。
幸い『鉄鹿』に私の特製ハルバードを振り回す余力はない。
フラフラした振りかぶり方的に、『斬る』より重力に任せて下ろすのが限界だろう。
軌道は読める。
とりあえず初手は堅実に受けるか。
そのあとは、
そのあとは……
そのあと考えるか。
「覚悟!」
私のハルバードは長い。
あっという間に間合いに入る。
もちろんこちらの剣は届かない。
運命の間合いにして、
一方的な間合いだ。
『鉄鹿』の振りかぶった刃が、篝火を反射して光る。
来る!
細かいことを考えず、脳天目掛けて降ってくる一撃を、
私も全身の力を込めて叩き落としに掛かる。
結論から言うと。
全て運だったように思う。
『鉄鹿』の蹴りが脇に入ったときから全て。
『鉄鹿』が満身創痍だったから。
でもハルバードの重さと馬の勢いは乗っていたから。
私はまだまだ余裕と腕力があったから。
でも左腕は脇を蹴られて痺れていたから。
ちょうど『利き腕で片腕』だったから。
奇跡的に全てのバランスが噛み合い、
『鉄鹿』の一撃を、私はなんとか弾いた。
まさに『弾いた』という具合で。
ハルバードに剣の側面を叩き付け、から竹割りの軌道を私の体からズラした程度。
というわけで、本来は
『確実に攻撃を逸らすべく、しっかり叩き落としきる』
『剣でハルバードを押し込む』
『上から下まで振り抜く』
ということをするのだが。
今回はそこまでできなかった。
本当に弾くだけ、当たっただけ。
剣がハルバードと衝突した地点で止まったのだ。
それが、本当に巡り合わせだった。
幅が広い側面で叩きに行った結果、剣の刃は前を向いていて、
ちょうど剣が止まった位置に
『鉄鹿』の右腕の、肘関節があるために鎧の隙間となっている部分が、
真っ直ぐ突っ込んできた。
私はそれ以上何もしなかった。
できもしなかった。
数秒後。
ただ立っていた私が、一撃をしのいだことだけ理解して振り返ると
「うぐ、む……ん……」
真っ二つになったハルバードとともに、
右肘から先を失った『鉄鹿』が、やたらスローに落馬するところだった。
私の脳は正直、あまり状況を飲み込めていない。
ただ、騎士の本能と言うべきか。
体は機械的なまでに動き、成すべきことを理解している。
ようやくだ。
ようやくだ。手こずらせやがって。
うつ伏せに倒れる『鉄鹿』。
死んだフリからの騙し討ちはないだろう。
今のヤツに魔法は使えず、剣もなく、片手でこのハルバードは振れない。
乱戦のせいで誰も気付いていないのか。
妨害に来る鉄血軍の兵士もいない。
無造作に近付いても、なんの危険もない。
ここだけ、一騎打ちが行われたわずか四方数メートルの戦場が、
ひと足先に決着したのだ。
『鉄鹿』をつま先でひっくり返すと、まだ息がある。
放っておけば失血死するかもしれんが。
そんな状況でも。
いや、むしろ戦争に変な価値観を持ち込むコイツのことだ。
全力で戦い尽くし、こうなったからこそ満足なのか。
「よう」
「おう」
ヒューヒュー息をしながら、私を見てニヤリと笑う。
だから私も、ニヤリと返しておいた。
ただし、ヤツと同じ、終わったゆえの満足な笑みではない。
これから始まる者の、期待に満ちた笑みだ。
「今度こそ、おねだり聞いてもらうからね。
お姉ちゃん」




