走れ高速の
当然と言えば当然だが。
総大将たる『鉄鹿』の在所は陣地の奥深く。
ヤツと邂逅するには、そのぶん切り込まねばならないということだ。
ちなみに我々はもうブルーメ・ガトーへ向かって下山の途中。
距離感を測るのはノエブリンガーから俯瞰した記憶が頼りだ。
「初手は奇襲でアドバンテージを取れるとして。
スタートダッシュでどこまで切り込めるかだな」
「相手が警戒してたら逆効果だけどね」
ある程度見張りがいるのは当然として。
返り討ちの準備が用意されていたら、恐ろしいことだな。
「そこはフルール軍を信じよう」
だがここで高所を取った有利が効いてくる。
敵が陣中でどのような動き、配置をしているかが丸見えだ。
罠を張っている様子はないとのこと。
何より、
「もぬけの殻ではないらしい。
ってことは、自陣を地雷原にしているわけはない。
それだけで安全な気がしてこないかね」
「『鉄鹿』はお構いなしに大筒を撃ったよ」
アネッサがブチブチ言っているうちに、
木々の向こうから青白い光が見える。
月明かりの反射だ。
「アルエ川に着いたぞ」
背中にアネッサの緊張を感じる。
いちいち全体を確認しちゃいないが、コイツですらこうなんだ。
騎士団全員が唾を飲んだことだろう。
いっそ疲労なんか忘れるくらいに。
「いいか。川を渡れば昼間ぶりの敵陣だ。
ここからは姿を隠す木々もない。
地属性魔法で急流を堰き止めたら、一気に突入するぞ。
なお、今回の第一目標は敵を討つことではなく
『鉄鹿』のところまで到達すること
だ。
総員、敵は真正面の邪魔なヤツだけ相手にしろ。
他は後続が請け負ってくれる。
難しいことは考えず、とにかく私のあとを走り続けろ」
返事はない。
それでいい。
最小限の音すら惜しんでこそだ。
「行け」
まず地属性の上手がこっそり森を抜け、やや上流の方へ。
昼間に引き続き、苦労を掛ける。
ややあって、
「団長」
「うむ」
アルエ川の水嵩が減った。
完全に止める必要はない。
ただ渡るのに支障がない程度になれば、それでいい。
手綱を握る手に力を込めて、
馬の腹に蹴り1発。
もちろん先陣は私が切るさ!
「掛かれェッ!!」
「「「「「おおおおおおっ!!」」」」」
浅瀬の水音を軍勢の音が掻き消す。
対岸の敵兵がこちらに気付き、何かを言った口の動きをする。
さしづめ
『うわっ、来たっ!?』
とかに類するものだろう。
ノエブリンガーを奪られたのだ。
我々がいつでも攻めてくることは承知していただろう。
破壊された陣柵は直され、高めで3層に改築されている。
小筒を持った兵士もすでに配置されている。
だが動きがモタモタしている。
やはり昼間の疲労が効いているのだろう。
分かっていたって人間は寝る生き物だ。
あっちもこっちもギリギリのところで戦っている。
「アネッサ!」
「はいな!」
魔法戦争において柵なんてのは、
『あぁ、仕切りがあるな』
以上の効果はない。
「たああぁぁ!!」
アネッサクラスの風魔法ともなれば、簡単に薙ぎ倒せる。
「ああっ!」
「ぶわっ!」
オマケにヤツらは弾込めの最中。
遅れた連中が粉状の火薬を吹き飛ばされてしまう。
いつもならここで蹂躙してやるところだが、
「どけっ!」
「のわっ」
先ほど述べたとおり、ここは蹴散らす以上の目はくれない。
我々の目的は『鉄鹿』それのみだからだ。
「そらそらそらそら!」
ハルバードも
『敵目掛けて振り下ろす』
というよりは
『風車のように回して敵を寄せ付けない』
使い方で進む。
先頭で騎馬の私は目立つからな。
狙撃もされやすかろうし、これで気休め程度には防げるかもしれん。
だが外殻を抜くと、目に見えて抵抗が減る。
人がいないわけじゃない。
ただ、敵が来ても外側の味方が防ぐ、少なくとも時間は稼ぐ前提でいたんだ。
さっきの連中以上に準備ができていない。
油断とは言うまいさ。
見張りで緊張状態にある部隊まで疲労にやられていたんだ。
安全な内側はそりゃ、寝てたヤツの方が多いさ。
あとで交代もするだろうし。
終始こうは行くまいが。
今しばらくはビックリアタックのイニシアチブを取れると見ていいだろう。
どのくらい経ったろうか。
どのくらい来ただろうか。
『距離感は俯瞰で見た光景の記憶で測る』
なんて言っていたが。
蓋を開けてみると夢中になって大爆走。
そんな細かい計算をしている暇などなかった。
幸い、真っ直ぐ進んでいれば『鉄鹿』の陣所にはたどり着く。
作戦遂行に問題はない
のだが。
「団長!」
「どうした! 味方が全滅したのか!」
「そこまではなってない! いや、減ってはいるけど!」
背中にアネッサの息を切らした声が届く。
馬で走っているが、それでも消耗しているようだ。
「それより、明らかに昼より深いところに突入してるよ!」
「そりゃそうだ! 『鉄鹿』のところまで行くんだからな!」
「そのあとどうするの! 離脱するなら、このへんがギリギリだよ!?
『鉄鹿』と刺し違えるつもり!?」
「バカな」
「じゃあそろそろ引き返そう!」
「まだ『鉄鹿』に会ってないぞ!」
「だーもう話が通じない!」
距離感がつかめずとも、作戦遂行に物理的な障害は発生していない。
が、『ゴールが見えない』ことはランナーを焦らせる。
ペースを乱しやすくなるし、諦めも頭をよぎる。
実際、すでに敵の抵抗は激しい領域に突入している。
群がる兵士、飛び交う矢弾に魔法。
奇跡的に私は負傷していないが。
私を狙ってワンテンポ遅れた攻撃は、後続にドンピシャで当たっているだろう。
『鉄鹿』をやれる自信はある。
その後アネッサの言うとおり共倒れにはならない策もある。
だが、このままではそこへたどり着くまえに全滅するやも。
ここは潔く退くべきか。
苦境で指針がブレはじめたそのとき、
「フューちゃん!」
「む!」
まさに天の佑け。
あるいはこれだけ暴れ散らかした必然か。
敵陣の奥から、こちらへ向かってくる一団がいる。
「あの旗印、
『鉄鹿』だ!」




