勝ち筋は川筋のごとく
まずは地図を確認する。
うむ、思ったとおりだ。
「その作戦っていうのは?」
「そうだな。これを見ろよ」
地図を指差すと、3人とも覗き込む。
いや、殿下が見てどうすんだ。
まぁいいか。
聞かれて困る内容でもないし。
「ノエブリンガーの攻略が厳しいなら、
先にブルーメ・ガトーの本陣を叩いてしまおう」
「はぁ」
「えぇ!?」
アンヌ=マリーとモミアゲでリアクションが対極だな。
気が合っていても気持ち悪いが。
「フロイライン! 君はさっきノエブリンガーの敵軍を
『あんなところに置いておけない』
と評したばかりじゃないか!
なんで急に、宗旨替えを!?」
ものの例えだろうが、『宗旨替え』にアンヌ=マリーの肩がピクッと動く。
宗教家にはセンシティブなワードチョイスだよな。
「ブルーメ・ガトーなんか攻撃している場合じゃないだろう!
ベルノ城が!」
「それは向こうも同じだ」
「えっ?」
「なんなら私たち以上だろう。
私たちとハインリヒ率いるベルノ党は、この際味方でも本隊でもない。
しかし鉄血にとってブルーメ・ガトーの陣は違う。
本隊であり、総司令官がおり……。
何より白十字攻略後、属国として統治する要、
マルグリット殿下がいらっしゃる。
ここが襲撃されれば、ノエブリンガーの兵も全力で守らねばならない」
そう。
アデライド殿下のおかげで気付けた。
私が殿下をお守りしたいのは忠誠心だが。
連中は連中で、それがなくともマルグリット殿下は虎の子だ。
「なるほど、城を攻撃する暇を与えない、と」
「それだけじゃない。
連中の新兵器は、弓矢や魔法ほど精密な射撃はできない。
特にデカい方の筒は、着弾付近をまとめて吹っ飛ばす代物だ。
とてもじゃないが、本陣への支援でぶっ放せるもんじゃない」
「小筒は?」
すかさずアンヌ=マリーが問う。
見逃さないのは冴えているが、ここは実際に見た経験がものを言う。
「今日の戦闘で、木を貫通しないことは確認できている。
地属性魔法の上手で壁を作ってやれば対処可能だ」
「勝てそうじゃないか!」
モミアゲが興奮して鎧を鳴らす
のを、アンヌ=マリーが手で制する。
まだ議論の余地があるらしい。
「では、ノエブリンガーの敵をブルーメ・ガトーへ釘付けにする。
それはよろしいですが。
結局こちらが撤退したり、あるいは本陣を壊滅させれば。
どのみちベルノ城への攻撃が開始される可能性があります。
それは必要経費ですか?
まさか永遠に小競り合いをしてはいられませんが」
「それなら二手に分かれよう。
本陣を攻撃する隊と、ノエブリンガーの敵が気を取られた隙に奇襲・攻略する部隊だ」
「となると、また別の問題が発生します」
アンヌ=マリーがテーブルを人差し指で叩く。
最近会議シーンばっかりなんだ。手短かに頼むぞ。
「その場合、本陣攻撃はノエブリンガーへの陽動、と考えてよろしいですね?」
「うむ」
「その場合、ルートがマズい」
今度は指が地図の上に乗る。
「我々から見て東北にノエブリンガーがあり、その先にブルーメ・ガトー。
ユング通りから回り込んでいくとして。
山上から丸見えです」
「丸見えだなんて。私の好きな言葉さ」
「黙れモミアゲ。……失礼、話を戻します。
これでは敵本陣へ突入するより早く気付かれ、上から大筒で釣瓶撃ちです」
「ふむ」
「さらには部隊の数も一目瞭然。
陽動であること、別働隊の存在が露見する可能性は高い」
「おおおおお」
モミアゲの情けない声はさておき。
その想定は万理ある。
だが、そこも織り込み済みだ。
「つまり、陽動するにはブルーメ・ガトーへ行くのを見つかってはならんわけだ」
「はい」
「なら、
『ブルーメ・ガトーにいきなり出現できる方法がある』
と言ったら?」
「バカなんだな、と思います」
「そこは『なんだってーっ!?』とか言ってくれるところだろ」
炎使いのくせに冷たいヤツだな。
まぁ初手を負けているわけだしな。
その指揮官がモミアゲでこんなナメたこと言っていたら、アゴがなくなるまで殴る。
反省だ。
「なんだってーそんな方法があるんですかー」
「棒読みはやめろ。悲しくなる。
それはそれとして、ある。
オマエが教えてくれたんだぞ?」
「なんですって?」
お、今度こそ驚いてくれたな。
その代わり、自覚がないから
『何言ってんだコイツ』
って表情も強くなる。
「地図を見ろ。ノエブリンガーとブルーメ・ガトーのあいだだ」
「あいだ」
「オマエが言ったんだぞ。
『ノエブリンガーの麓にはアルエ川が流れています』
と」
「なるほど!」
「アルエ川は川幅がしっかりあるにも関わらず、
『上流にアルエ峡谷を通る部分がある』
『ノエブリンガーやアルテンテヒャーから平地へ流れる』
といった要素が重なって、なかなかの急流だ。
つまり、
『陸路より警戒されない川筋から』
『筏を使って音もなく』
『急流の勢いに乗り、猛スピードで現れたら』
相手も反応できないうちに、
ノエブリンガーとブルーメ・ガトーのあいだへ一気に侵入できる。
急に現れることができるはずだ」
「なるほど!」
「地雷原の心配もない。急流なら火薬を撒いても流されるからな」
「さすがだフロイライン……芸術的だ……」
「オマエに褒められると背筋を毛虫が這う感覚がする」
「なぜだ!」
「そんなことより、急流下りをして敵陣に突っ込む役目、私が務めよう。
言い出しっぺだし、先の敗退のリヴェンジもあるからな」
と諸々決まりはじめたところで、
「あの」
おそるおそる、って感じで声を出したのはアデライド殿下。
「どうなされました」
「いえ、本職の方々の決定に、今更口を挟もうというわけではないのですが」
「はっきりおっしゃって大丈夫ですよ。言いにくいのであれば、私は退出しましょうか」
「いえいえ」
アンヌ=マリーの大袈裟な気遣いに、殿下も意を決する。
「その、敵陣の真ん中に飛び込んで、危険ではありませんか?」
「もとより安全な戦場などありませんよ」
「そういう話ではなく、その、
生還が難しいレベルではありませんか?」
不安そうに揺れる瞳。
やはりどこまで行っても根がお優しい。
「私であれば、問題ありません」
とは言ったものの。
「フューちゃん、別働隊の選抜終わったよ。外に整列させてる」
「うむ」
翌々日の朝。
テント内で鎧を着付けていると、アネッサが入ってきた。
「オマエは来なくてよかったんだぞ。まだケガ治ってないだろう」
「私はいつも一緒じゃなきゃイヤだよ。
死ぬときもね」
実際、殿下やアネッサの言うとおり。
非常に危険であることには変わりない。
だから、
「じゃ、そろそろ出発といくか」
やっておかねばならんことがある。




