火薬の壁をいかに越える
「フロイラインッッッ!!!!」
モミアゲが頬に手を伸ばしてきたので捻り上げる。
「痛い痛い痛たた! 私はただ泥を拭ってあげようと!」
「ハンカチだけ寄越せ」
「とまれ、無事で何よりです」
アンヌ=マリーの方は落ち着いている。
というか視線は地図に集中している。
撤退にあたって、執拗に背後を追撃される恐れもあった。
しかし向こうは陣の完成を優先したらしい。
新兵器の射程外へ出ると、特にそれ以上はなかった。
というわけで今は、命からがら味方の本陣まで戻ってきている。
で、休む間もなくアンヌ=マリーのテントで作戦会議だ。
「有り体に言って惨敗だ。申し訳ない」
「勝敗は兵家の常です。お気になさらず」
「あぁ! この私がいながら! みすみすフロイラインを危険な目に遭わせてしまうとは!」
「トゥルネー卿はいかがですか」
「命に別状はない。今は白十字の陣で手当を受けている」
調子のいいモミアゲめ。
初めて西方に行ったときの扱いは忘れてないからな?
言いたいことはいろいろあるが、アンヌ=マリーが流したので私も飲み込む。
モミアゲにかまっている暇はない。
「それよりあの陣地だ。今すぐなんとかせねば、大変なことになるぞ」
「ですね」
アンヌ=マリーが地図上で指をスライドさせる。
アレを直接見てはいないと思うが、話は聞いているんだろう。
スライドさせている区間は、ノエブリンガーとベルノ城のあいだ。
「どれほど射程が出るかは分かりませんが。
高所を取っていますし、場合によっては城まで攻撃が届く可能性もある」
「うむ。ノエブリンガーの陣地はいち早く落とさねばならん。
あんなもの、ここに置いておくわけにゃいかんからな」
量産体制にもよるが。
『鉄鹿』の魔法に近いことを誰でもできると同時に。
あの太い方の筒は、
『城壁を破壊するレベルの地属性魔法』
すら末端の兵士にまで分配されていることになる。
とんでもないことだ。
「火薬は時代を変えるな」
「『鉄鹿』本人こそが、東方の異教徒との戦いで痛感したのでしょうね」
そう考えると勉強熱心なヤツだ。
かわいくはないが。
「その時代の寵児。
まずもって攻略は可能ですか?」
で、今度は私がアイツのように考えるターンだ。
目の当たりにした私が。
「被害覚悟なら不可能ではないな。
大小両方とも、発射してから次までインターバルがある。
撃たれつつも間合いを詰めていけるなら、いつかはたどり着く」
「なるほど」
「それに、少なくとも小さい方の筒は限界が早いだろう」
「ほう」
外見を思い出す。
実にシンプルな形の筒で、だからこそ弱点があるはずだ。
「連中、筒に布を巻いて持っていた。
おそらく続けて使うと、金属製の本体が熱を持つんだ。
その対策の布なんだろうが。
あれではそう大差ない。数回打てば、すぐに持てなくなる」
「ふむ」
アンヌ=マリーは人差し指を下唇に添える。
「悪魔の取引ですね。
確実に命を失うが、確実に成果は得られる。
指輪でもあれば話は別ですが」
「うむ。聖書は詳しくない」
そして、
ここで雷落として助けてくれるのでもなければ。
神に用などない。
「では明日、もう一度力押しと行きますか」
方針がまとまり掛けたところで、
「いや、それは難しい」
ずっと黙っていたモミアゲが割って入る。
「今回の攻勢によって、帝国軍も警戒していた攻勢を確信したことだろう。
となれば、次行ったときにはより強固な防衛線が敷かれているはずだ」
確かに。
例えば、私たちが警戒して、だからこそ相手より先着したかった
『地雷原』
ああいうものが配置されていると考えていい。
特に相手は『鉄鹿』だ。
魔法でパッパッ。いちいち地面を掘って埋める必要もない。
敷設はあっという間だろう。
まさかモミアゲから冷静な指揮官の意見が飛び出すとは。
それはそれで助かるのだが、
「では、どうしたものでしょう」
問題が解決したわけではない。
それを回避したうえで、敵を打ち倒す方法を考えねばならない。
「要塞化したノエブリンガー、か」
「尾根伝いは警戒されて地雷原になっている、と見るなら。
麓から登ってみるかい?」
「いえ、そちらに地雷原がない保証もありませんし。
何より、高低差を受けた状態で、上から撃ち下ろされるのは」
「懐に入るまでがより厳しくなるな」
「じゃあ逆から回り込んで」
「現実的に通れるルートか?」
などと、地図と睨めっこをしていると、
「お控えください!」
「なぜですか! あなた、何をもって私を止めるというのですか!」
「なんだ?」
「ミュラーさま!」
「うおっ」
急にテントの中へ、アデライド殿下が飛び込んできた。
「これは殿下。こんなところに、いかがなされました」
「『いかがなされました』だなんて!」
殿下は膝に両手をついて、ゼェゼェ息をしている。
なんだなんだ、走ってきたのか。
「今日の出陣で、大変なことになったとお聞きしまして!」
「あぁ。お預かりした兵をいたずらに失い、誠に面目次第もございません」
「無念ではありますが、そこをどうこう言いにきたのではありません!」
汗まみれのお顔が私を見つめる。
「ご無事ですか……?」
「見てのとおりです」
私を心配して来てくださったのか。
ありがたいことだ。
戦場は苦難が多い。なんのために戦っているのか分からなくなることも多い。
最近は身内での争いもあって、特にそう感じる。
だが、こういうことがあるだけで。
殿下のために戦えるということは、どれだけ幸せなことだろう。
こういう方をお守りするためにこそ、
ん?
『殿下を守る』?
「そうか!」
「わっ、びっくりした」
「どうしたんだい、フロイライン」
まぁそう焦るなモミアゲ。
ちゃんと説明してやる。
「いい作戦を思いついたんだ。
この状況を打開できるかもしれん一手を」




