天火天雷
背中や後頭部に土やら細かい石が降ってくる。
「『鉄鹿』!?」
アネッサの声がする。
どうやら無事らしい。
不幸中の幸い
ってことは今、不幸ってことだな!
「違うぞアネッサ!
そうだが、そうじゃない!」
「えっ!?」
先頭の私にはよく見える。
次々並べられる大きな筒。
こちらを向いた穴が光ると、
一瞬大きな黒い影が見えて、
後方で強い衝撃と鈍い音、
兵士たちの叫びが聞こえる。
「何あれ!」
「知らん!
だがおそらく、火薬を使った新兵器だ!
出どころは確かに『鉄鹿』だろうがな!」
私の声はアネッサに聞こえているだろうか。
いや、聞こえていたらなんだって話なんだが。
それでも
「問題は、
あの『鉄鹿』の無尽蔵な火力を、
鉄血軍全体で使えるようにしてきたってことだ!!」
この絶望的展開を、一人頭の中で抱えておくのはキツすぎる。
「どうしよう、フューちゃん!」
「とりあえず前に進め!
アレは質量のある塊を、雑に吹っ飛ばしてきているだけだ!
狙い撃ちする精度はない!
証拠に先頭の私が狙撃されてないからな!」
マントをしていて、何よりこのハルバード。
『鉄鹿』を打ち倒した『女熊』の話は、連中にも広まっているはず。
遠目と言えど、誰だか分かっているはずだ。
つまり殺せば大殊勲。
そうでなくとも、敵で出たら真っ先に始末しておきたい相手。
それを狙わず、人が密集しているあたりを狙っている。
しかも放物線で。
やはり細かいコントロールは効かないと見ていいだろう。
「全軍! 前へ出ろ!
動いていればそう簡単には当たらん!
死にたくなければ前へ出ろ!」
聞こえているかは分からん。
火薬の爆音、着弾の衝撃音。
私自身、自分の声が断続的にしか聞こえない。
もしかしたらコイツの真価は、火力より指揮系統の破壊かもな!
だが泣き言ばかりも言ってられん。
「私に続け!」
距離自体は近いんだ。
逃げるより懐に飛び込んで、無力化してしまう方が早い。
続けといって後ろが続いているかは知らん。
が、先頭が狙われていない以上、止まって集団に飲まれる方が危ない。
もうすぐ坂を下りきり、柵を倒して敵陣に乗り込む
その直前。
「今度は、なんだっ!」
何か棒状の物を持った集団が整列を始める。
明らかに剣ではないが、槍にしては短すぎる。
握り手部分に布を巻くのは、滑り止めや太めのグリップ好きがやったりするが。
矢ってこともないだろう。
そもそも鉄製に見える。
だが刃の部分はない。
それでも
先端がこちらへ向けられた瞬間、
嫌な予感が頭をよぎって
「隠れろっ!!」
私の指示が一瞬早かったか。
いや、一瞬では意味がない。
誰が理解できる暇もなく、
上からかき消すように轟音が響き渡り、
木の陰に隠れた私の横を、何かが素早く通過していく。
速い。
あまりにも速い。
盾にした木からも振動が伝わってくる。
さすがにさっきまでの地鳴りみたいなものとは比べられない。
それでも木の太さを考えれば相当な威力
「あぐっ!!」
「アネッサ!?」
今のは!?
振り返ると、アネッサが片膝をついてうずくまっている。
当たったのか!
あのままだとすぐ2発3発と食らってしまう。
すぐ物陰に入れてやらねば。
だが飛び出したら私も仲良く餌食だろう。
「そらっ!」
こういうとき、長い得物は役に立つ。
ハルバードの斧部分。
刃の土台となっている切れない出っ張り部分でアネッサを引っ掛ける。
「きゃっ!」
そのまま引けば、なんとか回収完了だ。
「無事か!」
「なんとか」
「どこをやられた」
「左の太もも」
「見せてみろ」
抑えているアネッサの手をどけると、
「コイツは、見覚えあるな」
クレッケル卿のご最期。
あのとき鎧に無数に空いていたのと同じような穴がある。
「出血がひどいな」
「なんの。歩けるよ」
「それは結構だが、止血しろ」
とりあえずマントだけ貸してやって。
手は動くようだから、手当ては自分でやってもらおう。
私には状況を把握し、指揮を執る責務がある。
そこへ主張するように、高い乾いた音が響く。
「うっ!」
「ああっ!」
短い呻きが聞こえたかと思えば、何人かの騎士が斜面を転がり落ちてくる。
「クソッ! 誰でも簡単『鉄鹿』キットか!」
確かにアイツの魔法は火薬の組成であって、爆発そのものじゃない。
作って誰かに流用することも可能だろう。
「フューちゃんとアイツがやったときみたいにさ。
広角にブワッとは来ないけどさ。
そのぶん速い」
「らしいな」
そのための筒だろう。
誰でも使える取り回しのよさ、だけじゃないらしい。
「さて、どうしたものか」
後ろを確認すると、
「くっ」
いちいち数えてられんが、結構な数が倒れている。
それだけじゃない。
「いない?」
「いや、私たちと同じだ。木の陰に隠れている」
「賢い」
「賢い、が」
困ったな。
「攻撃にインターバルがある!
次の音が鳴ったら、再度突撃を仕掛けるぞ!」
大声で号令を掛けてみるも、
「……」
「……」
「……」
返事がない。
やはりか。
あの音。速さ。威力。
たとえ1発1殺だったとしても、
何十人何百人を萎縮させ、釘付けにする力があの新兵器たちにはある。
不幸中の幸いは、後続まで異様さを察していることか。
後ろから次々来られたら、否応なく押し出されて的だからな。
軽くハルバードを出してみる。
「うおっ」
反射的に発射されたんだろう。
また鼓膜がキーンと来るような音の洪水が起こる。
こちとらすでに騎士特有の耳の悪さがある。
さらに難聴にする気か。
ただ音圧の割に、手に来る衝撃は数回だった。
「全弾必中、ってほどの精度ではないらしいな」
「おっきい方の筒、飛ばしてこないね」
「弾がデカくてコスト掛かるから、節約しとるんだろう」
「なるほど」
「安心材料じゃないぞ。
別で使うアテがあるってことだからな」
「げっ」
それはいいとして。
やはり味方は動かない。
突撃指示は履行せず、ヘビに睨まれたカエル状態だ。
「フューちゃん、どうしよう」
「そうだな」
アネッサも止血は終わったらしい。
試みに立ったり足踏みしては、顔をしかめている。
「肩を貸してやる」
「いいよいいよ。戦場だよ?」
「だからだろうが」
アネッサも負傷していることだしな。
現状受けた被害もそうだが、
「膠着状態だ。いても不毛だろう」
「そんな」
「どころか、音を聞いて麓の軍勢が動いていたらマズい。
挟撃されたり、本陣を狙われる」
アネッサの表情が引き締まったのは、痛みではないだろう。
よし、答えは決まったな。
屈辱ではあるが、だからこそ吹き飛ばすくらいの勢いがいる。
ここ一番の大声だ。
「総員! 撤退する!
退けーっ! 退けーっ!!」
ようやくザワッと反応があるのを感じる。
全員鼓膜が死んでいたわけではないようだ。
やがて、我先と蜘蛛の子を散らすように走っていく。
さっきまでの硬直はなんだったんだと言いたいが。
こんなところ、1分1秒と長居したくないよな。
分かる。
「いいの? 退却して」
「いいさ。初戦は負けになるが、通しで勝てばいい。
そのリヴェンジも、生きているからできるんだ」
ただ、逃げると決めればすんなり行ったか。
と問われると、そうでもない。
結構な坂を下って勝負に出たんだ。
当然帰りは険しい登りになる。
どうしてもモタついて、無防備な背中を撃たれる者が出た。
坂を登りきって振り返ると、
乱れのない敵陣。
木々が薙ぎ倒され、地面がほじくり返された山肌。
死屍累々。
「言ったからには、リヴェンジしてやるからな」
神聖鉄血帝国との、白十字王国の行く末を左右する決戦。
初戦は残念ながら、被害の数字以上に手痛い敗北となった。




