優先すべきこと
「『鉄鹿』はまだ来ていないようだね」
モミアゲが手で目元に陰を作る。
しっかり春の陽気だ。
気分的には少し曇っているくらいがありがたいのだが。
今は森を抜けたところ、バートリハイム平原に陣地を構築している最中。
目と鼻の先、でもないが離れてもいない位置に見えるベルノの城壁は、
崩壊損壊はおろか、黒煙のひとつも上がってはいない。
「ヤツが来ていたら、こうはなっているまいな」
全てを吹き飛ばす爆弾魔でもあるし、
私たちが到着するまで待っていられない戦争中毒でもある。
いや、そんな詳しく親しい関係でもないけど。
あの血まみれの外見と、戦闘に美学まで持ち込む入れ込みよう。
誰が見たって、ひと目見たらば
『人の形をした戦争』
と思うだろう。
『鹿』だけど。
「とりあえず、私たちの足元が火薬のカーペットってことはなさそうだな」
「ゾッとする相手だなぁ。いつ死ぬか分かったもんじゃない」
「戦場なんていつでもそうだ」
「死に方ってのはあるさ」
ただ、そうなるとまた、考えなければならないことがある。
今日も今日とてアンヌ=マリーのテントで作戦会議だ。
いつもの3人、アデライド殿下はあえてお呼びしていない。
「まず、
『鉄鹿』や鉄血軍より先にベルノへ到着する
という目的は達成された。
最低限の安全とイニシアチブは確保したと見ていいだろう」
アンヌ=マリーもモミアゲも黙って頷く。
「といっても、すぐに到着するだろう。
そして連中が現れるとすれば、このあたり」
私が指差すのは、地図上、ベルノの真北。
「フェデリコ=ツォン、ティーゲン、ブルーメ・ガトーのいずれか。
デュートリッヒ経由で来る以上、広い道を北まわりで来るだろうからな」
「こちらは真西に布陣しているから」
「近くはない、が、反対側でもない
ということになりますね。あいだに低山は挟みますが」
それの何が問題かといえば、
「お互い、干渉したり激突しない距離ではない。
ベルノと鉄血、どちらと先にやる」
「現状、鉄血は来ていない。順当に行けば、先にベルノ攻略へ掛かりたいところではあります」
「先に王城の屋根に旗を掲げた方が、王冠を手にしたも同然だからね。早い方がいい」
「が、そのためには数日でベルノを制圧する必要がある。
でなければ途中で到着した鉄血軍に横槍、挟み討ちを受ける。
強固で多層な城壁
広大で複雑な都市
堅牢で壮大な城郭
多数で精鋭な騎士団を相手に、数日で」
モミアゲは腕を組み、何も言わない。
逆にアンヌ=マリーの目が光る。
先に言っておくか。
「可能にするためには、それこそ一気に焼き払うくらいになるだろうな。
二度と再起しないほどの火力で」
すると彼女もおとなしく頷いた。
「それでなお、『可能にする』というより『可能性がある』でしょうね」
「うむ」
「ということは」
モミアゲが人差し指でテーブルの端を叩く。
「ここは鉄血どもが到着するのを待ち受けて、ヤツらを先に叩く。
しかるのちにベルノ城攻略へ移る、と?」
「その方が堅実だと私は思う」
「しかし」
アンヌ=マリーが人差し指を唇に添える。
「それはそれで、問題があるのではないでしょうか」
「というのは?」
モミアゲが彼女の方を振り返る。
さすがにここまで一緒にやっていると、苦手意識も消えたらしい。
どうせまた、何かの拍子で再発するとは思うが。
「我々はあくまで
『僭王ハインリヒを討ち、市民を解放し、正当なる王を立てる』
という大義を掲げて戦を起こしています。
だのにそれを放置して、一応は同じ題目を掲げる帝国軍と争う。
この矛盾はいかにしましょう」
「それはさすがに市民感情を無視しすぎだろう。
街を焼かれるより、よっぽどいい」
すぐさまモミアゲが反論するも、アンヌ=マリーはなお首を左右へ振る。
「あなたも多くの市民を無視しています。
我々が勝利したのち、あなた方が治めるのはベルノだけですか?
違います。
白十字全土の国民たちとともに歩むはずです。
皆が皆、戦火に巻き込まれたものの見方はしません。
逆にベルノ市民はどうしようと、火を放とうと放つまいと、どのみち被害を受けます」
「それはそうだけど」
「全ての市民を救える、全ての市民が満足する虹色の答え。
そんなものはありません。神のみ成せる御業です。
では、なお私たちが信頼を勝ち取れるものがあるならば。
それは変わる民の分まで、こちらが一貫していることなのでは?
それが統治者の約束です」
「うーむ」
そうは言っても、苛烈に街を焼く行為を
『一貫性』
なるものがどこまで埋め合わせてくれるか。
それは難しいのではないかと思う。
だが実際に、モミアゲはなんとも言えない顔をしている。
そう思う人もいるのだろう。
確かに都合でコロコロ意見が変わる政治家も信頼はできるまい。
自分の損得でも変わる可能性があるのだから。
なんなら今回私たちが
『勝つ』
都合のために、矛先を変えようとしている。
同じ『一貫性』でここまで来た相手に。
「うむ、うむ」
「どうしたんだい、フロイライン」
「いや、なに」
要は
『理屈でさっぱり結論が出せるほど、単純な問題ではない』
ということだろう。
だったら、
「ではここからは、感情の話をしようじゃないか」
「感情の」
「今まさに、そういう話をしていたんじゃないのかい?」
これには言い方が雑すぎて、二人とも通じていない。
「いや、そうじゃなくてな。私の個人的感情の話だ」
「はぁ」
「やっぱり同胞を焼くのは忍びないよね」
「それもあるがな。
私が言いたいのは、アデライド殿下のことなんだ」
「あぁ」
アンヌ=マリーもニヤリと笑って頷く。
「やはり気になりますよね。
素敵な方ですから、あまり曇らせたくないものです」
殿下が泣く泣く被害を受け入れていること。
それを言いたいのだろう。
だが、
「私が言いたいのは、もっとエゴな話だ」




