♡カワイ子ちゃんの秘密の夜♡
月は煌々と輝き、夜にしては明るい。
朧な雲は紫、騎士たちは青白く照らし出され……
などと、詩人になっている場合ではない。
夜の森をヒタヒタ進み、抜けた先に見えるのは
「城も町も大きくはないな」
ムートンの町並み。
ほぼほぼ寝静まっているが、チラホラ灯りも見える。
夜更かしをしている人がいるのだろう。
その奥でひときわ明るい、小高い丘の上。
ひと晩中寝るつもりはなさそうなのが、
ムートン城。
アデライド殿下の自己犠牲。
それが判明したさっきの今で、我々は出陣している。
人数は1万。
急な出撃でフルール軍に無理はさせられないので、西方方面軍のみ。
それと、
「こんな時間に行く必要はありましたか?」
アンヌ=マリー。
前回も白十字だけで戦ったからな。
さすがにお目付け役として思うところがあるらしい。
「さっき説明しただろう?」
「聞きましたけども」
しかしどうやら、夜襲はお気に召さない様子。
ただ、『卑怯』というより夜更かしが好ましくないらしい。
優秀な指揮官には違いないが、どこか修道女気分の抜けきらんヤツだ。
「では行ってくる」
「ご武運を」
まずは私一人が馬を駆り、隊を離れて城へ向かう。
ちなみにモミアゲは来ていない。
殿下のお守りをすると同時に、フルール軍に残す人質でもある。
ま、私なら殿下さえいなけりゃ見捨てるから、効果ないがな。
以前にゼネヴォンと交換したの台無しになるけど。
冗談はさておき。
ムートンの町に近付くと、多少の囲いが用意されている。
といっても見張り櫓付きの柵だ。
山間の小さな町だけあって、壁で囲んだ城塞都市化まではしていない。
だが今は城攻めじゃないからな。
そこは関係ない。
私が唯一気にするのは見張り櫓だ。
まずは町の入り口に近付きたいのだが。
下手に見張りに見つかると大騒ぎになってしまう。
それを避けるために、アンヌ=マリーが文句垂れようと夜にしたのだ。
ある程度町に近付くと、馬から下りて近くの木に結び付けておく。
実は今ローブに頭巾なので、薬草採りで遅くなった娘とか誤魔化せるはずだ。
明るいところで見たら、赤ずきんのコスプレしたガタイのいい女でしかないがな。
端的に言って恐怖だ。
ここまで来たら、今度はコソコソしている方が怪しい。
町の住人なら堂々と帰ってくるだろう。
『やましいことなどありませんが?』
って顔で行かねばならない。
薬草(という設定の雑草)満載のバスケットをわざとらしく揺らし、
道の真ん中を関門へ向かう。
さぁ落ち着け〜平静を装え〜。
私は普通の乙女、一般乙女、量産型乙女。
人畜無害な存在だぞ〜。
ほーら怖くない。
私は怖くない。
だから敵の兵士、敵じゃない敵じゃない。
あの人たちも、何もしてこないから怖くな〜い。
なんなら襲い掛かってきても素手で殺せ、か弱い乙女に怖いものなどな〜い。
のはいいんだけどな。
落ち着け、落ち着け。
呼吸を静かにさせろ。
ほら、門番の顔がだんだん見えてきたぞ。
相手の存在が分かるごとに、この先に待っている絶望と恥辱が脳を駆け巡るが!
私の神経回路が叫びを上げるが!
鎮まれ私のこめかみ!
青筋を立てるな!
クソッ!
こんなときにまで!
でも自分で選んだんだろうが!
自分で使うと決めたんだろうがッ!
便利すぎるのがいけない! 便利すぎるのがいけない!
魔力以上に私の尊厳を消費するくせに、使い勝手いい仕様になりやがって!
逆にそれだけやってショボい成果しか出なくてもキレるが!
そうだ、素数を数えろ。
寝るまえ羊を数えるみたいに、素数の数だけ鑑定ババアを一人ずつ殺せ!
ひとり、ふたり、3人、5、7、11、13、17、19、21、
あ、21は素数じゃない……
あああイヤだイヤだイヤだイヤだ
黙れっ!
黙れ私の心!
スキを見せたらすぐそうやって!
屈するな!
コレは相手を屈服させる手段だろうが!
オラ!
門が近いぞ!
行くぞ!
「すいませ〜ん」
「何者だ!」
「町の娘です〜」
まだアレを使っていないのに、我ながら裏声キモすぎる。
よく母さんはご近所とあいさつするとき、こんな声出せたモンだな!
こんなの愛想と一緒に恥を振り撒いてるだろ。
「薬草採りに行ったのですがぁ、山で迷ってしまってぇ〜」
「薬草採りぃ? 悪いけど出入記録と照会するから、少し待ってな」
ほう。やっぱりスパイが町民の顔して入り込まんよう、徹底しているな。
だがな。
だがなァ!!
「その必要はないよ」
「あえ?」
「そうでしょ?
お兄ちゃん♡」
ボエエエエエ!!
吐きそう!
この上目遣いの少しアゴを引いた角度!
下向いてるからこのまま吐くのに都合いいなぁ!?
この薬草、吐き気止めの薬効ないかな!?
あぁそうだった、雑草だった!
でも雑草口に突っ込まれてる方がきっと吐き気マシだったよなぁ!?
「そうだね♡ 必要ないね♡ オマエに限ってそんな、悪いことをするわけはないもんね」
うるせぇキサマが私の何を知ってるってんだよ。
著しく人道に反することするぞ。
「でもこのところ近くに敵軍が来てるからな? 危ないから早く帰るんだぞ?」
「それなんだけどね? お兄ちゃん」
「なんだい?」
「暗くて怖いから、その、お家まで送ってほしい、な……?♡」
地獄へ送ってくれ! 送料は私で負担する!
「もう、大きくなったのに甘えん坊だなぁ♡ いいよいいよぉ! 任せなさい!」
「それでねそれでね? 見張り台の上にいる人たち。あの人たちにも着いてきてほしいの」
「あ、そう?」
「だって、お兄ちゃん一人だと、何か起きたときにお兄ちゃんが危ないから……♡」
「んもーう!♡! 仕っ方ないなぁーっ!♡!
おーい!」
よし、いいぞ!
全員着いてこい!
オマエらは今から人類を解放する光の軍勢だ!
一緒に地獄へ乗り込むぞ!
神を引きずり回して生皮剥いで【自主規制】して叩き殺すんだ!
我らグノーシス主義十字軍!!
とかやっている場合ではない。
いつかやりたいけど。
でも今の本命はこっち。
町の見張りを取っ払い、
「お兄ちゃんたち。友だち呼んでくるからちょっと待ってて」
「「「「「はーい♡」」」」」
「調略成功だぞ」
「すごい! この短時間でどうやったのですか!?」
「オマエの大好きな神に聞け」
「は?」
味方のムートンへの引き入れに成功。
そのまま今度は城に向かい、
「ねぇお兄ちゃん……。怖い夢見ちゃったの……。
一緒にいたい、ナ……♡」
「いいよぉ♡」
「ほら。門を開けてあげたから、こっそり入っておいで♡」
「ご苦労。オマエはいい夢見ろよ」
「グエッ」
「今だっ!」
「なだれ込めっ!」
「ふーっ」
「その人心掌握術、私にもご教示願いたいものです」
「来世でな」
ひと晩のうちにムートン城陥落。
アデライド殿下の望むとおり、市民に一切の被害を出さず制圧せしめた。
なお私の被害、甚大。




