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慈悲深き冷徹

 殿下はまず、何も言わず私を見つめ返した。


 静かな瞳。

 怒りや批判に満ちたわけでもなく、

 肯定や興奮を示すこともなく。


 何かを問うているのか、いないのか。


 何も教えない、何も答えない。


 本当に静かで深く、

 ただそこにあるだけの、冷めて澄んだ眼差(まなざ)し。


 見たことはないが、海とはこういう感じなのかもしれない。



 しばらくそうして見つめあったあと

 下した判断は、



「おやりなさい」



 静かすぎる一言だった。


「おっ……」


 ド直球すぎて、話を振っておきながら面食らう。

 ちょっと情けないくらいだ。


 しかしアンヌ=マリーも冷や汗ひと筋、モミアゲは口を()()()()

 私だけが動揺しているわけではない。


 童顔のまま、似合わない言葉を。

 ただ、目付きが変わったような気もする。


 いや、人が変わったのか?


「よろしいのですね?」


 殿下はコクリと頷く。

 その所作は全然、少女性の残る愛らしいものだが。



「私がなんのために、ドミニクと別れて先発しているのか。お分かりですか?」



「えー」


 モミアゲがモミアゲを引っ張りながら答える。


「今回は王位継承が発端となった内乱ですのでー、えー。

 両殿下が勝ち抜かれ、いざツィマー朝の名跡を継がれるとなられましたときにー。

 んー、ゔっゔん」


 言い出したならスッと話せ、

 と言いたいが、そうだったな。


 モミアゲの咳払いは、デリケートな話題の合図だ。


 モミアゲを引っ張っていた指が()()()()を抑える。

 少しアゴを引いて、反応を窺う上目遣いで彼は続ける。



「のちのちドミニク殿下との対立の種を残さないために。


 ご自身が本隊を指揮し、ベルノへ一番乗り。

 序列をハッキリさせておく、と?」



 悪くない読みだとは思う。


 序列で言えば第四王子(アデライド殿下)

 男系で言えば第五王子(ドミニク殿下)


 どっちも王子として立てる筋がある。


 なんなら、私利私欲のため正統性がないハインリヒ王に擦り寄った連中より。

 よっぽど真っ当な議論として大臣たちが対立することだろう。


 馬鹿馬鹿しいと思う人もいるかもしれない。

 実務ができりゃなんでもいいし、その実務も多くは大臣が補佐するだろう。

 それもまた事実ではある。


 だが、だからこそ。



『象徴性』こそが本体である王位は、


『誰がなるか』

『どういう立場の人間がなるか』


 こそが最重要項目だ。



「両者正当性がありますれば、あとは実績で差を付けるしかなく」


 そうだな。

 それしかない。


 なんなら王位継承になんら瑕疵(かし)がないフリードリヒ殿下。


 彼すら国王が案じて華を持たせようと、ご親征を組んだくらいなのだから。



 実際、4万とはいった軍勢は本隊3万、後詰め1万に別れている。

 ドミニク殿下がいらっしゃるのは後詰めの方だ。


 ドミニク殿下の傅役としてまわされたアネッサは


『フューちゃんは! 長年副官として支えた私を捨てるというの!?

 (いくさ)するのか!? 私以外の女と!?』


 と無事血を吐いていたが。


 彼女とは違う意味で、悔しさに歯軋りしている騎士団もあるだろう。



 それくらい


『実際に先頭で戦ったかどうか』


 の手柄と栄誉は、天地の差がある。



 だが、そこをハッキリさせるということは。


 アデライド殿下の『宣言』に他ならず……



「違います」

「あ、違った」


 違うのか。


「でも半分はあっています」

「あってた」


 あってるのかよ。

 もうワケ分からんくなってきたぞ


 と思ったところで、



 アデライド殿下の凛とした目元が、少し綻ぶ。



 何も変わってはいない、いつもの慈しみに満ちた目が覗く。


 ただ少し、悲しみに染まった色味で。



「ミュラーさまのお話を聞いて、ようよう覚悟が決まったのです。


 戦となれば、民に苦労や出血を強いるのは避けられない。

 しかし民を救うには今回の戦を避けられない。

 結局民に負担を掛けることは避けられないのです。



 私がドミニクより先に出て、

 全て私の指示で行います。


 民を苦しめたのは私。

 残酷な作戦も凄惨な戦いも、命じたのは私。

 汚名は全て私。



 こうすれば、全てを終わったあともドミニクはキレイなまま、


『白き王』


 として、民に受け入れられ君臨できるはずです」



 アデライド殿下は何も変わっていない。

 あのお優しい少女のままだ。


 お優しいからこそ、必要な冷徹を選ばれたのだ。


 弟と、国家国民の今後のために。


「では、


『序列を確定させるためではあるが、ドミニク殿下で確実にするため』


 であると」


 モミアゲの呆気に取られた顔へ、殿下は優しく頷く。


「はい。私なりの浅知恵です。

 他にもっとできることがあるなら、たくさん教えてほしい」


 そこまで胸の内を明かすと。


 殿下はまた、必要な仮面を被る。



「ですから、短期の突破のため。我らの勝利のため。


 火攻め、力押し、多いにおやりなさい。


 無駄な血を流すこと、一切(まか)りなりませねど。

 諸将が必要と判じるならば、


 私、フレデリカ・ジゼル・ソフィー・アデライド・シュヴィーツが許可します。


 いえ、命じます。

 おやりなさい」



「「ははっ!」」


 あのアデライド殿下が、これだけのご決意とあらば。

 もう私とモミアゲは是も非もなく頭を下げるしかない。


「では私はお先に失礼します。


 申し訳ありませんが、具体的なことは皆さまにお任せいたします」


 アンヌ=マリーも直接の指揮下ではないので、頭は下げなかったが。

 テントをお出になる背中へ、静かに手を合わせた。






 殿下が自身のテントへお帰りになって数分。

 場にはなんとなくの沈黙が訪れていたが、


「では明朝日が昇るとともに、私が火攻めを行いましょう」


 アンヌ=マリーがあっさりまとめて腰を浮かせる。


 雑に炎で巻いて、降伏するまで続ける。

 そのスタイルなら細かいことまで詰めるべくもない、とのことだろう。


 だが、


「少し待ってくれまいか、アンヌ=マリー」

「なんでしょう」


 殿下があれだけ、悲壮な覚悟をなさったのだ。

 個人の心を押し殺して、最も嫌っていたことを受け入れてまで。


 であれば。



 私も騎士の端くれならば、

 (はら)を決め、個を滅してご奉公せねばならん。



 少しでも殿下の痛みを和らげて差し上げるために。



「私に策がある。ひとつチャンスをくれまいか」

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