ただ勝つしかない
「バカがっ!」
ハインリヒの暴挙。
まさに白十字王国を崩壊させかねない悪手だ。
もはや王とか殿下とか付けるのが逆に畏れ多い。
概念に畏れ多い。
そりゃ大軍で来る相手に、分散した兵力や弱い城で戦うのは無駄が多い。
最も堅固な城に全員集めるのが一番だろう。
だがそんなもんは極論だ!
「本当にやるバカがあるかっ!」
「落ち着くんだフロイライン」
「これが落ち着いていられるか!」
テーブルに拳を落とすと、
「おわっ」
天板が一部割れてしまった。
モミアゲがビビり、アンヌ=マリーの
「あーあ」
というつぶやきが聞こえる。
「お城の備品でしょうに」
「しまった、ついカッとなって」
「おケガはありませんか?」
「大丈夫だ、すまない」
「しかし、マズいことになりましたね」
アンヌ=マリーがテーブルに身を乗り出す。
目線は地図のベルノのあたり。
「あぁ。このままでは白十字王国が真っ二つに割れてしまう」
「このテーブルの比ではありませんね」
ベルノまで守備隊がいないってことは。
北方東方は鉄血の草刈り場、ご存分の切り取り次第だ。
もちろん『鉄鹿』とマルグリット殿下は最短でベルノを目指すだろう。
だが別働隊。
例えば東方方面軍とやり合ってた連中の動きによっては。
凶悪な侵略国家であり搾取構造を持つ神聖鉄血帝国に、
白十字王国がひたすら蹂躙されてしまう。
「そこまでする理由はなんだろう」
「おそらくだなモミアゲ。
我々をすんなりベルノまで導いて、
フルール、鉄血両軍を鉢合わせさせようってハラだ。
そしたら
『仲良くお手手繋いで白十字陥しましょう』
とはならんからな。
時間も掛かる城攻めより先に、まずは邪魔者を排除することになる。
で、疲弊した勝者側に今度は、ハインリヒの集めた兵力が漁夫る。
そういう勝利のシナリオだろう」
「な、なるほど」
単純なモミアゲ野郎め。
何を
『よくできた作戦だなぁ』
『ちょっとアリかも?』
みたいな顔してんだ。
100ないわ!
「だがそのために、白十字の国民の9割が見捨てられた!
焦土作戦よりタチが悪いわ!」
「そんな」
「だから『バカが』と言ったんだ!
頭がいい悪い、お勉強ができるできないじゃない!
倫理観がバカになってやがる!」
「大丈夫ですか?」
「あぁ」
頭に血が昇りすぎて、フラッと来てしまった。
思わず手を着いたところがテーブルのさっき割ってしまったところ。
貫通こそしないが、鎧の布部分の上からササクレを感じる。
それにしても、
「最悪だ」
これで白十字王国は東西別々の国による分割統治。
双方が王朝を建てれば、2つの違う国に完全分離してしまう。
すでに民のなかには、鉄血の侵略や騎士不在による賊の跋扈。
深刻な被害を受けている者もいるだろう。
私やアデライド殿下が危惧していたことが……。
「最悪だ……。
たとえ勝ったとて、こちらが避けたかったことだけは完遂されている」
これならいっそ、普通に戦場でピンチになった方がまだマシだ。
まさか私たちの急所を見抜いていたわけではないだろう。
偶然の産物だろう。
それでも、
「勝つためなら売国奴に近いこともやるのか。理解ができん。
ハインリヒ派も何がよくてアイツを王に据えたんだ。
甘い汁吸おうったって、国が滅んだら一緒だぞ。
そんなに閣僚は鉄血のスパイで溢れていたのか」
「フロイライン……」
だが、理解できるかは問題ではないのだ。
相手が理解できなかろうが言葉が通じなかろうが人でなかろうが。
来るからには戦い、勝つのが騎士の役目だ。
「どうする。引き揚げるかい?
そうすれば最悪、国家二分は避けられる。
両殿下も、たとえ身分は失ったとしてもフルールで生きていけばいい。
ハインリヒからマルグリット殿下に王が変われば、そう命も狙われない、と思う」
モミアゲの意見は、多少楽観の度合いはあるが、一理ないでもない。
だが、
「ダメだ。
というか無駄だ。
それじゃ結局は、両国の尖兵になった同士で戦うだけだ。
本格的にただの代理戦争。
『自国を勝ち取る』ほどのプライドもない。
ただ大国間のエゴによって、身内同士ですり潰し合うだけだ。
今以上に、勝っても何も得ない」
ならば戦うしかない。
戦って、勝てば、結果を変えられる可能性はあるのだから。
翌朝、ピエールヌを出発したフルール・西方連合軍約4万。
内訳フルール軍約3万、西方方面軍約1万
ムートン湖畔アヴェニュシュームの平原にて、初めて本格的な抵抗を受けた。
その数約2万。
今回はお互い高台に陣取ることもなく、ひたすら正面衝突の構え。
同じ高さの視点で向き合うと、倍の有利があっても一見分からない。
「どう見ます?」
まだ睨み合いのみで戦闘は始まっていない。
弓矢も届かない間合い。
陣列の最前線に出て、アンヌ=マリーは敵陣を眺める。
見えるのは小さい小さい白十字王国軍の旗くらいだが。
「おそらくは時間稼ぎだろうな。
向こうの作戦的に、私たちと鉄血の到着はほぼ同時でなければならない。
我々はベルノがもう数日の距離だが、東じゃ
『デュートリッヒを越えた』
あたりと聞く。
どんなに急いでも1週間は掛かるだろう」
「野戦やムートン、カルツァーヌでの籠城を交えて時間調節
といったところですか」
「だろうな」
ということはだ。
「逆に我々の進行が遅れすぎてもよくない。
そこまで執拗な抵抗は受けないだろう。
相手は2万とのことだが。
ここは白十字党に任せてくれ」
「ほう」
全体で見れば倍で勝っているのに、逆に倍負けている兵力での戦闘とはなる。
普通に考えれば愚か極まりないところだが。
推察するに、向こうは
『フルールと鉄血の潰し合い』
を目論んでいる。
なので目の前の連中は、時間稼ぎをしなければならないと同時に
『勝ってはならない』
『敵を無闇に消耗させてはならない』
という使命を背負っているだろう。
鉄血のワンサイドゲームになってはおじゃんだからな。
だったらむしろ、普通にやったら勝ててしまいそうな方がやりづらいはずだ。
コイツら、言わば『元チーム・モミアゲ』。
あんなのを大将に戴いているような連中だ。
アンヌ=マリーにもボロカス負けていたからな。
ちょうどよく手加減できるほど、戦巧者ではないはずだ。
「確かに、旗が澄んでいますしね。弱兵の集まりでしょう」
アンヌ=マリーが頷く。
逆に戦巧者には、旗で敵の練度が分かるとか。
精鋭部隊ならキチッと整列した旗が並ぶ。
弱けりゃフラついたり傾いたりして隙間ができる。
『旗が澄む』
歯抜けの櫛みたいに、向こう側が見えるってことだ。
ここまで見解が一致したなら、じゅうぶんだろう。
「じゃあ任せてくれるな?」
「えぇ。ご存分に」
「モミア、ツィマー卿! 聞こえるか!
連中、我々だけで蹴散らすぞ!!」
アンヌ=マリーには言えんが。
私たちが競う相手は神聖鉄血帝国だけじゃない。
まえにも言ったとおり。
戦後の主導権を握るためにも、ヴァリア=フルール王国とも競い合いだ。
その前哨戦になったと考えよう。




