行きはよいよい
アデライド殿下は
『鎧は不要』
『王者に相応しい格好で民の前に君臨する』
みたいなことをおっしゃってはいたが。
急かしたのは私とはいえ、さすがに困る。
でも殿下にサイズの合う鎧がないのも事実。
「これなら見えませんから、どうかこんなところで」
「ミュラーさまが着ているような本式でなくとも、結構窮屈なものですね」
「すぐに慣れますよ」
ということで急遽、ドレスの内側に鎖帷子を着込んでいただいた。
これでせめて、遠くからの流れ矢くらいは防げるだろう。
最前線に出すことはないから、そもそも当たらないと思うが。
お部屋の中を動きまわって体を慣らす殿下を尻目に。
コソッとアンヌ=マリーに耳打ちしておく。
「とりあえず第一段階はクリアだ。ドレスの下なら鎧を着てくれるらしい。
先を急ぎつつ順次足していくから、腕のいい鎧鍛治を手配しておいてくれ」
「分かりました。我々としても、おケガをされては困りますからね」
なお、のちのち殿下はお気が変わったのか。
お召しものを、威厳たっぷり裾が長くワイヤーで膨らんだドレスから
「動きやすさ重視!」
とまさかのカクテルドレスに変更。
膝丈の裾から鉄のブーツが覗くスタイルになったのは別の話。
袴とブーツの大正ロマンみたいなものと思てもろて。
そんな、歴史にあまり関係ないことはさておき(もっとも、コアな逸話の方が後世に残ってフェティッシュを巻き起こすきらいはあるが)。
その翌日。
「アデライド殿下。我ら白十字王国の正当なる王族。
今日ここに拝謁できましたこと。
殿下が御ため、身命を賭して寄与する機会をお与えくださいましたこと。
このクレマン・フォン・ツィマー、生涯の栄誉でございます」
「お出迎えご苦労です、ツィマー卿。
白十字王国がため。
国民がため。
エーデルワイスのもとに、騎士の本懐を捧げなさい」
よく晴れたサン=プレコの草原で、モミアゲが殿下の手の甲にキスをする。
トチった内面さえ知らなけりゃ、所作は絵になる男なんだよな。
初めて王城の年末年始に呼ばれたときも、慣れた振る舞いだったし。
でもモミアゲは剃れよ。
その光景を、一歩離れた位置、
「これで正式に、連合軍成立ですね」
隣のアンヌ=マリーがつぶやく。
そう。
名目上は連合であり同盟だ。
ここサン=プレコはローヌとロージーヌの中間。
場所もどちらの城でも陣でもなく平原。
どちらがどちらを呼び付けたり、あるいは乗り込まれたり。
そういった『上下』がつかないよう配慮された会盟の場でもある。
しかし実態は誰が見ても、
大国であり、
アデライド殿下を抱え、
後見をしている、
ヴァリア=フルールの方が力関係は上だ。
「……ここからが本番だな」
「えぇ。いよいよ戦が始まります」
おそらく私とアンヌ=マリーで、言葉の意味は違っている。
むしろ気付かれていたら困るくらいでもあるがな。
今後、我々が勝利し、両殿下のいずれかが国王になられたとして。
白十字王国が独立主権国家としての立ち場と誇りを守っていけるように。
私たちは交渉や態度に気を遣って立ち回らねばならん。
また、その布石として、
『全てフルール王国のおかげだ』
と言われてしまわないように。
このたびの戦役、作戦立案から実働の戦果にいたるまで。
こちらが主導権を握っていかなければならない。
「厳しい戦いになる」
「時間との勝負、神聖鉄血帝国との勝負ですからね」
「大丈夫。私たちならやれるよ!」
アンヌ=マリーとは逆側。
左に立っているアネッサがガッツポーズ。
いや、戦はともかく、オマエに外交戦争はムリだと思う。
というのはともかく。
決意を新たに、戦場へ臨む予定だったのだが。
「おかしい」
「えぇ、あまりにも」
2日後の夜。
ムートン城の作戦会議室にて。
「おいモミアゲ。なんぞ私たちを騙しているんじゃないだろうな?」
「そんなわけはないだろうフロイライン! さすがに傷付くな!」
私、モミアゲ、アンヌ=マリーの3人で、地図を囲んでいる。
というのは絵面の話で、どう聞いても内容はモミアゲ激詰め会なのだが。
どうしてこうなっているかというと、
「オマエの話じゃ、西方方面軍全てを引き入れるまでは行っていないはずだ。
なのに、
ここまで一切、戦闘はおろか、妨害がなさすぎる」
一応私たちも、味方に着いた部隊が守っている都市をルートに選んではいる。
だが、それにしてもだ。
あまりにも敵が攻めてこなさすぎる。
せめて
『道中に丸太を転がして進行の邪魔をする』
とか、その程度のサボタージュもない。
「こちらに味方しなかった連中が、全員ハインリヒ派とは言わん。
中立、静観を決め込んでいるヤツもいるだろう。
が、確実に、王朝側に着いたヤツ。
しかも家族を人質に取られた者もいるはずだ。
どうしてソイツらが出てこない」
「黙って我々を通したのでは、結局人質の命が危ないはずです。
明らかに不可解だ。
あなたが二重スパイでないとして、何かそれらしき兆候はありませんでしたか?」
「うーむ、正直……」
モミアゲはヒゲのないアゴを撫でる。
心当たりはなさそうだな。
「どこぞに集まって伏兵を企んでいるかもしれん。狭隘は気を付けよう」
「兵を回り込ませて、後方を叩く算段かもしれません。間道を見張らせましょう」
「なんにせよ、斥候を飛ばして情報を集めるしかない、だね」
何も分からないのであれば、現状『気を付けて進む』以上のことはできない。
偵察を増やし、急ぎたい気持ちをグッと堪えてゆっくりめに進行し、
さらに2日後。
ピエールヌ城の作戦会議室にて。
受け取った報せは衝撃的なものだった。
斥候曰く、
『近隣の城に敵兵は一切いない』
『その状態がベルノ手前まで続いている』
『そのベルノ近郊で市民よりつかんだ情報だが』
『ここ最近、各地から次々と騎士団がベルノに集結している』
『また、北方東方から避難してくる市民も増えている』
『なんでもまともに守備隊がおらず、帝国軍の侵攻が加速しているらしい』
『すでにデュートリッヒも越えたとか』
『時期にベルノへも来るだろう』
「これは」
「フロイライン」
アンヌ=マリーやモミアゲが心配そうな顔でこっちを見ている。
それだけ自分が怒りに震えていると、遅れて気付いた。
だが、なおも発散されない感情が、喉を引き裂くように飛び出す。
「やってくれたな! ハインリヒ!!」
「大変なことになりましたな」
ベルノ城の中庭は大量の騎士でごった返している。
すれ違うのも窮屈そうだが、なおも溢れた人員が街にまで下りている。
それを国王の私室の窓から見下ろしているのは、
ハインリヒ3世の腹心シュトラッサー卿。
「どんどんカオスになるがいい」
彼に鼻で嗤うように返す、テーブルでハーブティーを飲む男こそ、
この部屋の、城の、国家の主、
ハインリヒ3世である。
「しかし、こんなことをしてよろしかったのですか?」
「かまわねぇさ。どうせ普通にやったって、鉄血にもフルールにも勝てやしない。
個別に抵抗するだけ、オレたちが無駄に消耗する」
彼は茶に砂糖を落とすと、スプーンでかき混ぜる。
「でもどうせアイツら、最後にゃベルノへやってくるんだ。
白十字を支配しにな。
だったらここで鉢合わせして、三つ巴でグチャグチャになるがいいさ」
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