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因果

「クソッ! あのボケ兄貴め!」


 朝のベルノ城。

 広いダイニングに怒号が響く。


 並べられている食事はどれも豪華だが、


「アイツが中央の兵力を持ってった挙句、大敗をかますから!」


 一人その食事に向かう、



 白十字王国国王、ハインリヒ3世。



 ゆで卵の殻をスプーンの背で叩き割る所作は、優雅とは言えないものがある。

 エッグスタンドに付属のカッターを使えばいいものを。


 もっとも、そのエッグスタンドが


『頭蓋をドーム状に切り取られた陶器の人形』


 という、そもそも趣味の悪いデザインなのだが。


「落ち着かれませ。怒っていては食事がマズくなる」

「ゆで卵なんて誰がどう作っても同じだ!」


 誰もシェフの腕の話はしていないのだが。


 長方形の食卓の、王から見て左の列。

 二人分の席を飛ばした位置に座るのはシュトラッサー卿。


 しかしハインリヒは傅役の(いさ)めも聞かない。

 細かい殻が残った上部の白身を別の皿に捨て、黄身を露出させる。


「報告もそうだ!


『敗走』

『敗走』

『敗走』!


 このゆで卵と同じ! 変わり映えしない!


 北方方面軍、このまえまでは勝ってただろうが!

 それをアイツがやらかしてから、ロクな内容がない!」


 ゆで卵と同じなら、


『誰がどう指揮しても同じ』


 でフリードリヒに責任はないのだが。


 まぁこれに関しては、ハインリヒも怒りを言葉にして放出したいだけ。

 最初から論理の筋が通ったことを言うつもりもない。



 とはいえ、今回の侵攻は単なる神聖鉄血帝国の侵略にあらず。


『マルグリットの保護と王族としての復権の支援』


 なる大義名分がある。

 結局は自業自得であり、聞く人によっては


『どの口が』


 と思ったかもしれない。



 それに気付いていないのか。

 あるいは気付いているから目を逸らすためか。

 ハインリヒは黄身にビタビタと酢をかけ、勢いに任せてかき混ぜる。


 エッグスタンドのせいで、脳みそを(いじく)り回すかのような絵面。

 斜め後ろに控える若いメイドが眉をしかめる。

 ダイニングにいるのはこの3人のみ。


「クソッ! クソッ! クソッ!」


 かつては仲がいいかは別にして、家族で囲んでいた食卓。

 今や騒ぐこともワードチョイスも、咎める者はいない。

 ハインリヒの怒号がよく通る。


「東方方面軍の助勢はどうなっている!」


 彼は卵を(つつ)いていたかと思えば、食べない。

 スプーンをナイフとフォークに持ち替え、厚切りのハムステーキに突き立てる。


 シュトラッサーはハーブティーをひとすすり。


「なにぶん政権も変わって、内部がゴタ付いていましたからな。

 ようやく到着するころでしょう」


 余裕があるのではない。


 むしろ相手が火薬庫状態なのだ。

 気持ちを落ち着けないと話す勇気が出ない。

 ただでさえハインリヒの望む返事ではないのに。


 今の発言は暗に、


『陛下がクーデターを起こしたのだから混乱を(きた)している』


 という批判を避けられない。

 しかもそれが、王位継承時に必然として起こる


『仕方ない』


 範囲の体制変更だけではなく。



 もともと北方、東方はデュートリッヒ公(フリードリヒ)に親しい。


 というか、ゼネヴォン公だったハインリヒに地縁がない。


 ゆえに、支配深化のために人事を(いじ)った。


 つまりは彼の意向が引き起こした、人為的ハザードなのである。


 それこそエッグスタンドと同じ。

 脳みそがグチャグチャにされている。


「それに、『鉄鹿』は北東より侵攻しておりますが。

 神聖鉄血帝国軍はヤツ個人ではありません。


 向こうは向こうで東方より助攻しておりますれば。

 割ける人員には限度がございます」

「チッ!」


 最初はハムをナイフでひと口サイズに切り分けていたハインリヒだが。

 もはやフォークで持ち上げ、噛みちぎっている。


 彼とて、王子として厳しい教育を受け、身に染み込んでいる。

 咎められなければ品のない素地が出る、ということはない。


 ただ、何かで暴力性を発散しないとやっていられないのだろう。

 人や物にはっきり()()()かたちでないだけマシかもしれない。


「だったら南方方面軍を後詰(ごづ)めに出せ!

 どうせ長靴半島は攻めてこない! ナルデーニと条約を結んでいる!」

「それもどこまで守られますやら。

 古今(ここん)条約とは破るためにあるようなものです」


「シュト爺の消極策はもうたくさんだ!


 来るか分からん長靴のために!

 今いる帝国に黙って食われろというのか!」


「それは」

「なんなら西方方面軍も引っ張ってこい!

 アデライド狩りはまた今度でいい!」


 ハインリヒはチーズを手に取る。

 少しずつ齧る想定のサイズだろう。


 しかし彼はそれを、バゲットの柔らかい部分に無理矢理埋め込む。


「王と(きさき)の初夜には、立ち合い人が付く国もあると聞くが。

 さすがによその国の連中にまで、見せてやる義理はないからなぁ!」


 それからバゲットを、またも無理矢理、今度は口に詰め込む。

 硬さもサイズもそこそこあるというのに。


 だがそれは、


『どんな苦難も飲み下してくれよう』


 という、ある種の決意表明なのかもしれない。


「まずはさっさと鹿狩りを済ませる!



 そのときまでせいぜい、風呂に入って待っていろアデライド!!」



 だとすれば、崩れて落ちたパン屑は











「申し上げます!



 西方方面軍、寝返り!!!


 ヴァリア=フルール王国と連合を組み、



『フレデリカ、ドミニク両殿下こそ真の王位継承者と奉じたてまつる』



 と東進しております!!」



「ふ、ふ、



 ふざけるな!!」



 数日後の朝の暗示だったのかもしれない。



 だが、さすがというか、なんというか。

 これで泡吹いて倒れるような男なら、王位簒奪などしなかっただろう。


 よくも悪くも、こういう状況を力に変えてしまうのがハインリヒなのである。


「シュト爺!」

「はっ」


 ハインリヒは手に持っていたブドウの粒を握り潰す。



「今すぐ残りの各方面軍を、ベルノに集結させろ!!」











             ──妹たちの未来 完──











お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりドキドキしていただけたら、

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よろしくお願いいたします。

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