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王者

 ひと呼吸間を置いて反応を窺ってみる。

 が、両殿下からのリアクションは()()


 言葉の洪水に、頭が追い付いていないのかもしれないな。

 私だって専門外のことを(まく)し立てられたら何も分からん。


 だが、悪いがもう少し付き合ってもらわねばならない。



「よろしいですか?

 そうならないためには、ハインリヒ王が勝つか

 あるいは両殿下のいずれかが国主に立たなければならないのです。


 その決意表明としても。

 今回神聖鉄血帝国がマルグリット殿下を出してきたからには、


 こちらも最前線で、両殿下を戴かなければならないのです」



「しかしミュラー卿」


 一旦静観に回っていたレディ・ド・ブロイが身を乗り出す。

 成長し、自分と違い少しは政道を教育された子らに任せる気でいたんだろう。


 けれど黙っていられない動かずにいられない。

 母親とはそういうものなのだろう。

 私に分かる日は来なさそうだが。


「もっともらしいことをおっしゃいますけど。


『このままでは白十字王国が帝国の属国にされる』


 というのは、ドミニクやフレデリカでも同じではありませんか?


 ただ帝国がフルール王国に変わるだけのことです」


「えぇ。それに関しては私も


『ゼネヴォン統治を見ればマシなのは分かる』

『盲目的にアンヌ=マリーを信ぜよ』


 とは申しません」


『融和的支配』はあくまで『支配』であることが明記されているからな。


 なんなら黙って騙しておけばよいものを。

 アンヌ=マリー自身がご丁寧に、何度も構想を語っている。


 それすら、よくも悪くも『アンヌ=マリーの意向』だ。

 彼女が託された権限の範囲において、占領統治を差配しているだけ。


 その()()()、『占領統治フェーズ』が終わったのち。

 更に上位の意思決定機関たる



 フルール国王



 が、『自国』にどのような政策を敷くかは分からん。



 たとえアンヌ=マリーがこの世で最も信頼すべき存在であり、

 それをまたウソ発見機に架けたとしても。


 安心安全とは思わない方がいい。


「でしたらもう、このさい」



「だからこそ、我々が行かねばならないのです


 この状況を理解している我々が。


 なおかつ回避せんとするときには、我々お仕えする者たちを持つ両殿下が」



 マルグリット殿下にも傅役はいるだろうがな。

 だがその人物が


『同じだけ状況を読めている』


 と都合のいい前提を置くのは投機が過ぎる。



 また、向こうは僅かな供回りで緊急脱出したんだ。

 北方方面軍と連携できているか分からない。

 少なくとも今回一度逃げ込むまで、縁がなかった両者だ。


 モミアゲと組んでいる我々の方が


『白十字王国に対して持てる影響力』


 は大きいと見ていい。



「いつだって確実なのは、自分たちでやってしまうことです。


 たとえこれが90パーセント堅い予想だったとしても。

 外したとき、暮らしを破壊された国民に


『いや、普通ならコレが正しい判断だったんですよ』


 などと言っても通じません。



 だから有事に王族は動かねばなりません。


 マルグリット殿下と帝国牽制のため、両殿下を


『正当なる王の候補』


 として打ち出します。


 これはあなた方にその気があろうとなかろうと、

 国民に向けて果たすべき義務です」



 私の長広舌が終わると。

 場にはしばしの沈黙が訪れた。


 時間にしたら長くても2、3分のことだっただろう。


 しかし、会話や議論においては()()()()()に長い間合いだった。


 私は言うべきことを言った。


 あとは向こうの、誰が、何を言うか。

 それで決まるだろう。


 やがて、待つのみだった私に返ってきたのは、



「分かりました」



 アデライド殿下の声だった。

 そんな予感はしていた。


 だが、



「ミュラーさまのおっしゃるとおりですわ。


 現在白十字王国にもいない私が、

 王国の現状を見もせずに


『国民を救いたい』


 などと。


 現場に赴くこともなく、常に騎士や兵士に戦ってもらいながら


『国民を守る』


 などと。



 行きましょう、騎士たちとともに。

 征きましょう、この身を王国の旗に変えて。


 祖国と民たちのもとへ」



 あれだけ、

 あれだけ戦になることを嫌っていたアデライド殿下が。


 かくも迷いを捨て、真っ直ぐに立ち、凛とした声で宣誓なさるのか。



 殿下が歩いてくる。

 ゆっくり、力強く。


 だがそれは、単にこっちへ進んでいるんじゃない。



 もっと大きな、目指すべき理想へ。

 その旅路の第一歩を踏み出されたのだ。



 その脚が、ひざまづく私の前で止まると


「フューガ・フォン・ミュラー」


 殿下の右手が、顔の前に差し出される。


 私は輝くシルクの肌を手に取り、甲へ騎士のキスを返す。



「なれば殿下。

 不肖フューガ・フォン・ミュラー。


 その御旗(みはた)の旗手となりて、殿下を持ちて運びましょう。

 あるべき(いただき)へ掲げましょう」



「えぇ。この(いくさ)の正しき勝利へ。

 白十字の都へ。


 その先の、私たちと民の理想の国まで」



「アデライド……」


 レディ・ド・ブロイの震える声が、微かに届く。

 我が子を案ずる母の思いを、『水を差す』とは思うまい。


 いや、たとえそうであったとしても。


「お母さま」


 そちらを振り返るアデライド殿下の動き。


 見えない波動の光の玉が、振り撒かれるかのようだ。


「どうか心配しないで。死ににいくのではありません。


 ここまで私たちが無事で来られたのは、天に背かずいたからでしょう。

 正しく、あるべきようにあった。

 だからハインリヒお兄さまよりお守りくださったのでしょう。



 であれば。


 これからも、今も。

 なすべきことをなすのです」



 なんだろうな。

 何も変わってはいない、数分まえまで聞いていた声と同じはずだ。

 高さも発音も喉の震えも、アデライド殿下そのものだ。


 だが、万人が聞けば万人、



『お変わりあそばされた』



 そう答えるだろう、内側に含む熱の変化がある。


 その()()()()にレディ・ド・ブロイは、


「これも、王の娘として産んだゆえの、宿命なのでしょうね」


 一人の母親として、複雑な涙を光らせた。


「ではジジ」

「ドミニク」


 王の娘から、真の王女となった少女。

 その(みなぎ)る覇気は、腰を上げた弟をも縛り付ける。


「あなたは、あとからゆっくり来なさい」

「な、どうして!?」

「『死にに行くのではない』と申しましたが。

 危険であることには変わりありません。


 ひとところに集まって、同時に命を落とすことがあってはならない。


 シュヴィーツ王家の命脈を保つ(みち)

 ひとつでも多く残すのです」


「ジジ……姉上」


 アデライド殿下はもう一度振り返る。

 まだひざまづいていた私を見下ろす瞳は、(めい)を下す者の星を宿している。



「ミュラー卿。いつでも出立できる準備は整っているのでしょうね?」

「騎士団の用意はすぐにでも。あとは殿下の」

「荷物はすぐにでもまとめさせましょう。

 鎧の(たぐ)いは不要です。


 私は王者。

 相応しき装束にて、民の前に臨まねばなりません」


「御意」



「ではただちに準備へお行きなさい。


 王者はワガママ。

 持ち掛けておいて、待たせること(まか)りなりません」



「ははっ!」

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