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主権国家とは

 ひとしきり報告が終わったあと。

 青年が退出してから、アンヌ=マリーは通訳してくれた。


「名目上の指揮官としてマルグリット王女を据え、


『簒奪者からの国家の奪還と解放』


 を掲げつつ、



 実質の指揮官には副将として『鉄鹿』を付けているようです」



「またあの鹿か。痛い目に遭わせてやったのに、また畑に下りてくる」

「赤ワインソースで食べてしまうべきです」

「そうだな。真っ赤だしな」


 軽口は虚勢でも精神を落ち着けるのに役立つ。

 が、それはそれとして、冷静に分析もせねばならん。


「北方方面軍では『鉄鹿』を抑えられんだろう。

 指揮官クレッケル卿を失い、フリードリヒ殿下も亡くなられた。


 さらに、それによってご領地だったデュートリッヒの扱いも微妙になった。

 ハインリヒ王が支配を強めるため、北方方面軍を締め出すだろうしな」

「殿下と共闘した彼らは親フリードリヒ(反対勢力)に映るでしょうからね」


「だがデュートリッヒは北方方面軍の本部でもある。

 私たちもご親征じゃ全線に出ていたが。


 後方からの補給路が集中する基幹都市であり、

 重要なデータが蓄積、保管されている図書館であり、

 兵站(へいたん)を差配する事務方がいる頭脳だ。


 そことの連携を切られたのでは。

 いかに前線に指揮官と兵力が集中していようと


『風に飛ぶタンポポの綿毛』


 だ」

「たとえひとつの本体であろうと、風に漂い不安定である、と」


 そう。漂っている場合ではない。

 不安定もそうだが、


「急がねばな」

「えぇ」


 相手がいるなら、競争になる。


「アンヌ=マリーはモミアゲと話を付けてくれるか」

「あなたが行かなくていいので?」

「今更何か交渉せねばならん相手でもないしな」


 なんだったら、雑な手紙にキスマークでも付けとけば2秒で言うこと聞くさ。

 死んでもやりたくないけど。



「そのあいだに私は……」











「ミュラー卿。おっしゃっている意味が分かっておいでですか?」


 翌朝、ローヌ城の客室。


 いつも私と意見が食い違うのはアデライド殿下だが。



 片膝をつく頭上。

 今日降ってくる冷たい声は、レディ・ド・ブロイのものだ。


 まぁ、そうなるよな。



「フレデリカとドミニクを戦場に連れていく、などと」



 母親の前でこんなこと言ってちゃな。


「理解しております」

「では私たちが理解できる理由も、用意してあるのでしょうね?」


 まいったなぁ。

 陛下に見初められただけの、ぼんやりしたおばさんだと思っていたが。


 なかなか圧がある。

 妾とはいえ、王者の女たる威厳を備えているということか。

 椅子に座って背筋を伸ばす姿は、もはや女帝とすら言えるだろう。


 いや、あるいは、

 母親ともなれば、誰しもこうなれるのかもしれない。


「でも、ツィマーさまのご家族問題がもうすぐ解決するのでしょう?

 むしろ今焦って行動しては、全てが台無しになってしまうのでは」


 あまりの剣幕に、アデライド殿下の方が気を遣っている。


「ミュラー卿が主戦派であること自体は問題ではないと思う。

 私たちが戦場に行くのも、必要なら理解する。


 でもあえてツィマー卿の忠誠を踏みにじりにいかなくても」


 ドミニク殿下も動揺していらっしゃる。

 慈悲深い方々だからな。

 そういうところに目が行きやすいんだろう。


 ときに大局眼よりも。


「説明いたしましょう」


 いや。

 政治より遠ざけられていたから見識がない、という方が正しいか。


「神聖鉄血帝国による侵攻が開始されています。

 北方方面軍にこれを止める手立てはないでしょう。



 しかも向こうは旗印に、マルグリット殿下を戴いております」



 両殿下が顔を見合わせる。

 向かい合って座ってはいらっしゃらない。

 アデライド殿下が右を、ドミニク殿下が左を向いている。


 同時にそうなったということは、


 お二人とも話を解釈したうえで、引っ掛かる部分があったということだ。


「あの、ミュラーさま」

「なんでしょう」


「それならばそれで、かまわないのではないでしょうか?」


 アデライド殿下の目は困惑している。

 というより、


「私たちの目的は、ハインリヒお兄さまを、その、打倒し、民を救うことです。


 別に戦争することも、王になることも目指してはおりません」


 確認するように私の目を覗き込んでいる。



『個人的な野心で焚き付けてはいないか』



 そう疑われているのだろう。


「それを、マルグリットお姉さまがなされるのであれば。

 それでよいでしょう。

 王子としての席次も向こうが上。私たちの出る幕はありません」


 だが、怯んで保身している場合ではない。


 言うべきときには言うのが傅役の役目でもあるはずだ。

 ハインリヒ殿下の不幸は、そういう側近がいなかったことでもあるのだから。


()()()()()です、殿下。

 彼女の背後に控えているのは鉄血帝国だ」

「ミュラー卿は連中による侵略を恐れているんだね?


 でもそれなら、マルグリット姉上がいるから問題ないんじゃないかな?」


 ドミニク殿下も首を傾げていらっしゃる。

 分かりやすい『分からない』という仕草。


「白十字王国を主権国家と認めない『侵略』なら、姉上を持ち出さないと思う。


 自分たちの力だけで蹂躙すれば済む話だし、

 姉上を担ぎ出すと、最後には名目上でも


『白十字王国国王の継承と、それによる自主独立』


 を認めなければならない」


 そのうえで、分からないなりに考えていらっしゃる。

 血の半分とはいえ、しっかりフリードリヒ殿下の弟君(おととぎみ)なんだな。



「マルグリット殿下がいらっしゃるから問題なのです」



「えっ」


 だが読み違えだ。


「ミュラーさま! 何をおっしゃるの!?」

「マルグリット姉上なら心配はいらないよ!

 気は強いけど優しいお人だ。

 なんなら私たち以上に、しっかり民を慈しみ、守れるだろう」


「そういう問題ではありません」


「なっ」


 このままではマルグリット殿下批判の不敬罪だ。

 ひと息に説明しきってしまおう。



「神聖鉄血帝国は他領を侵略し、略奪と搾取を繰り返して生きる国です。


 そんな国が白十字の国土を(いくさ)で奪い、果たして手を出さずにいますか。


『主権国家だから、自国の領土のようには扱うまい』



 そんなことはないし、併合されないから厄介なのです。



 マルグリット殿下からすれば、命の恩人である帝国には逆らえないでしょう。

 ゆえに、要求されれば


『主権国家の自己決定で』


 多くのものを差し出すことになる。


 また、我々騎士も


『外国の不当な占領統治を受けている』


 なら独立戦争も仕掛けられる。

 しかしこの構造では


『国家や王家に対し反乱を起こす』


 かたちになってしまう。

 屈するのではなく、立ってなお首輪が付いているのです。



 それでもなお、マルグリット女王の意地に期待したとしましょう。

 その代では白十字王国の矜持を守ったとしましょう。



 続きません。



 帝国側が、誰か適当な王子をマルグリット女王と政略結婚させるだけで。


 子の代孫の代には鉄血の血。

 シュヴィーツ王家の乗っ取りなど一瞬です。


 あとは帝国によって教育された次代の王が、親帝国の操り人形になれば。


 白十字王国は全てを差し出し、失い、

 文化伝統民族おしなべて、



 過去のものとなり消滅するでしょう。


 主権国家の死体のみを残して」

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