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雌伏のときは過ぎた

「よう、アンヌ=マリー。入るぞ」

「どうぞ。前線の様子はいかがですか?」

「いつもどおりだ」


 昼下がり。


 アンヌ=マリーは自陣のテントでデスクに着き、書類を作成中だった。

 お偉いさんに今回のことを説明する書状か。


 いや、『座り込み戦争』が始まってもう2週間。

 単なる経過報告書かもな。


「今日は立って走っての日でしたね」

「あぁ。みんな持て余した体力を発散して、元気に大運動会さ」


 アンヌ=マリーの報告も。

 モミアゲの中央へのパフォーマンスも。


 本当に何もせず睨み合っているのでは体裁が悪い。


 というわけで実際は『座り込み』と言いつつ、


 数日おきに戦闘を発生させている。



 もちろん茶番だ。



 戦死者負傷者が出ないようにワーワー騒いで

 ヒョロヒョロ矢を射って槍の柄でペチペチ叩いて

 見た目は派手だが風呂みたいな温度の火属性魔法とか飛ばして


 それっぽい押し引きを繰り返している。


 いや、茶番はよろしくないな。

 演習だ演習。



 で、私はその様子に見に行って、一旦帰ってきたところ。


「オマエも本国から怒られたりしとらんか」

「今まさにお叱りの手紙が」

「そうか、すまんな」

「あなたがあんな恥も外聞もない行為に巻き込んだせいで。

 兵のあいだで


『私たちはただならぬ関係にあり』

『夜な夜な主に懺悔しなければならないようなことをしている』


 との噂が」

「えぇ……」


 決起演説でのパフォーマンスがマズかったか。

 あとよく夜でも方針を話し合うべく、部屋へ行っているからな。

 ()()()()()()が付いたな。


「『陣中の風紀を乱していないだろうな』

『仮にも聖女だろう』


 と教皇猊下(げいか)直々のお手紙が」

「本当に申し訳ない」

「はぁ」


 アンヌ=マリーは集中が切れたのか、羽ペンをペン立てに戻す。


「まぁ、かまいませんよ。誤解は晴らせばよろしい」


 絶対気にしている顔だ。


 でもツッコんで藪蛇になるのもおいしくない。

 気付かないフリをしておこう。


 すると、思考の空白がきっかけになったか。


「あ、そうだ」


 アンヌ=マリーがデスクの引き出しから便箋を取り出す。


「なんだそれは」

「お向かいの指揮官、クレマン・フォン・ツィマー卿からです」

「ほう」


 なんの用だろうな。

 密書を送るのは連携に重要だが、もちろんリスクではある。


『降伏しろ』


 だの


『最近膠着状態だから、もう大将同士の一騎討ちで決めよう』


 だとか、案外敵陣と手紙をやり取りすることは多い。

 言い訳もできないことはないんだが。


「で、内容はなんだって?」

「それがですね。どうやら



『中央にいる家族を、こちらへ脱出させる準備が整いつつある』



 と」

「ほう!」


 そいつはいいな。


 正直、いつまで『座り込み』してればいいのか、というのはあった。


 だがモミアゲに後顧(こうこ)(うれ)いがなくなった場合。

 中央、ハインリヒ体制に対して忠誠心を偽装する必要がなくなる。



「もうアイツと戦う必要はなくなるわけだ」

「ええ」



 あとはこちらに合流してくれてもいいし、手出し無用でもかまわない。

 とにかく不要な血が流れることを、大きく抑制できるってわけだ。


 また、以前にも言った気がするが。



 アンヌ=マリーに地図を出してもらう。

 白十字王国全体が記載されたものだ。



 ここに描かれているとおり。


 王都ベルノは国土の中で左寄り。

 住民の政治思想じゃないぞ。


 西方方面軍の直轄地をスルーできた場合、攻め込むのが容易になる。

 つまりは、


「ベルノ陥落すら、グッと近付いたか」

「フリードリヒ王子暗殺は検証不能の『叛意(はんい)あり』で押し切れましたが。

 両殿下やマルグリット王女の亡命により、多くの人士が


『何やらおかしいぞ』


 と気付きはじめたはず」



「そこに、王国の象徴たるベルノが失陥。両殿下がお入りになれば」



「ハインリヒ王と一蓮托生でもなければ、両殿下を正当なる統治者と認めるでしょう」



「うむ」


 実際には全ての西方方面軍がモミアゲと一緒に味方はするまい。

 ひとつの生命体ではなく、個々人の事情がある共同体だからな。


 だから西方領全体を無人の野を行くがごとし、とはなるまいが。


 それでもだいぶスムーズに進むことは間違いない。



 また、馴染みのモミアゲと戦わずに済むだけ。

 結局どこかで白十字王国軍とは当たることになるだろう。

 ただ心理的ハードルが若干マシって程度だ。


「アデライド殿下には」

「納得してもらうさ。そこは私の役割だろう?」

「私も本国が許すのであれば、


『盤石な亡命政権』


 でもかまいませんけどね?」

「まぁ説得するよ。多少時間は掛かるかもしれんが」

「大きな事業ですからね。お互い胸に()()()が残らないようにしなければ。

 結論を急ぐべきではない」

「いつも理解が深くて助かる」


 なんにせよ。

 人は明るい展望が見えてくれば焦らないものだ。


 私も両殿下を


『民を救いたければ国王になれ』


 とは焚き付けたが。


 実は個人的にはどうでもいい。


 両殿下と、ともに亡命した一党と。

 その安全が確保されてりゃ、一生フルールでもかまわない。


 私は文句ないし、先王陛下との約束も()()()(たが)えちゃいない。


 フルール王国サイドは早く傀儡政権を作りたくて()()()()だろうが。


「ま、ゆっくりゆっくりな。古傷に響かん程度に」

「暖炉のそばで編み物でもするようなペースで」

「童顔のくせにババくさい例えだな」

「先に老人みたいなことを言ったのはあなたでしょう」


 などと、のんきに伸びなんかしていると、



『失礼します! 急ぎご報告を!』



 テントの外から、切羽詰まった声がする。


『どうぞ』

『失礼します!』


 入ってきた青年の表情も険しい。

 フルール語は分からんが、大体のやり取りの内容は想像がつく。


『申し上げます!』


 これから語られることの、その重大さも。



『神聖鉄血帝国が、亡命していた第三王子マルグリットを擁立!



 国王の座を要求して白十字王国へ侵攻を開始した模様です!』

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