面従腹背
白十字王国政府よりヴァリア=フルール王国東方方面軍へ
『亡命しているアデライド、ドミニク両王子
及びセレスティーヌ・ド・ブロイ、フューガ・フォン・ミュラー以下同伴者
その一切の身柄引き渡しを要求する』
旨が通達されてから
1週間ほど。
ロージーヌ城に駐留している、白十字王国西方方面軍指揮官
クレマン・フォン・ツィマーに返信が届く。
フルール側指揮官アンヌ=マリー・アリア=マリア・マリアンヌはゼネヴォン城に駐留している。
両都市の距離を考えれば、決して『返事が遅れた』とはならないだろう。
それはさておき。
彼にとって重要なのは、速さより内容である。
「どれどれ。名義は敵将マリアンヌだが、実質フロイラインからのお返事だ」
ちなみにフロイラインはゲイル語で『お嬢さん』という意味である。
実質も何も、事実相手は『お嬢さん』なのだが。
彼は後世に残る手紙や日記などでも、
『我が愛しのフロイライン』
を、特定個人を指す固有名詞として使っていたフシがある。
これもさておき。
読者にとって重要なのも、野郎の恋路より内容であろう。
果たして彼に提示されたフルール側の応えは、
『両王子一党身柄引き渡しの件について、
書面上ではなく会談をもって内容を煮詰めたい』
というものだった。
これを見るやツィマーは膝を打ち、
「そうか! そうかねフロイライン!
分かる! 分かるぞ!
何せ君と私は心が通じ合っているのだから!」
と1人で騒いでいたという。
『キモい』
と近習が日記に書き遺している。
とかいう話もさておき。
ツィマーはその場で会談に応じることを決意。
即座に日時や場所を指定した返書を送った。
よって、
報告が白十字王国首都ベルノへ、
新王ハインリヒ3世の耳に入ったのは、すでに会談が行われたあとであった。
ロージーヌとベルノはまた遠いため、遅れるのは当然として。
王の意向を仰がずの判断だが、ハインリヒは気にしなかった。
もちろん、自分たちから要求した内容に向こうが『応じる』というのだ。
断る理由がないのもそうだが。
そもそもある程度の軍事外交における裁量を与えているから
『方面軍指揮官』
なのであって。
いちいち犬のように指示を待っているのは『丁寧』なだけ。
むしろ頼りなくすらあるだろう。
ハインリヒもまた、父の死によって急遽のクーデター政権に立つ身。
ただでさえ体制変革の混乱期に、地盤固め工作。
具体的にはフリードリヒ派であった重鎮たちへの融和、あるいは更迭。
それに伴う新たな人事。
多忙な日々に、自らの手を煩わされないことを喜んだ。
ただ傅役のシュトラッサー卿一人が、
「ツィマー卿はミュラー卿と昵懇の仲であります。
両殿下と彼女が西方にいると判明した今、単独でやらせるのは危険であるかと」
懸念を提示した。
しかし、
「シュト爺。オレが長らくゼネヴォン公だったことを忘れているのか?
アイツとの付き合いはミュラーより長く、オレの組下だったんだ」
ハインリヒは取り合わなかった。
「何より、以前オレが
『ヤツは信用できるか。外すべきか』
を聞いたとき、爺は
『今この不安定な体制にあって、さらに我々はフリードリヒ派の人材も一定数失う。
変えなくていい柱までリフォームしている場合ではありません』
『多くの重臣たちが変革と既得権益の崩壊、
何より粛清を恐れている。
ここは寛大さを示して中間層や揺れている他派閥を取り込むべきだ』
と答えたじゃないか」
「それは」
「『あのときと今では事情が違う』か?
なるほど、そうだな。
今更言ってもあとの祭りだ。
だからな、爺。
ツィマーはもう会談に臨んでいる。
今更
『アイツに任せるのは危ない』
『お目付けを付けておくべきだった』
とか言ったり、終わってから解任するのもまた、あとの祭りだ。
どころか爺が言った、宥和政策を全部台無しにするだけじゃないか。
損しかないぞ」
「……御意」
こうなってはもう、シュトラッサー卿も反論できなかった。
まさに自身の意見が仇となった構図だが、
もっと大きい視点で言えば。
『兄より王位継承を奪い去ったがために、
その兄が最も頭を悩ませていた “疑心暗鬼” に直面している』
これほどまでに皮肉な寓話はないだろう。
ではそのお話の結果はどうなのか。
多少痛い目を見て、『反省しようねめでたしめでたし』なのか。
なんやかんやあってオオカミに食われてしまうのか。
今や信頼し、祈るしかないハインリヒへの答えはつい先日、
「久しぶりだね、フロイライン」
「そうでもないぞ」
やぁ皆さん。元気してたか?
フューガ・ミュラーだ。
そういえば知らないうちに称号をもらっていたらしくてな。
正式にはフューガ・フォン・ミュラーらしい。
お貴族の仲間入りだ。
でも今は国家反逆罪で剥奪されてそうだから、フューガ・ミュラーでいいや。
私ですらどうでもいいことは、皆さんにとっても同じだろう。
では大事なこと。
私は今、
「恋うる相手がいれば、一日千秋なんだよ」
「知るか。まえにあったときとモミアゲの長さが変わっとらんわ」
「整えてるの」
フルール側最前線のローヌから少し東にある小さな町
ペトロールに来ている。
そこの教会脇。
前任神父が亡くなって空き家になっている小屋にて。
私、アンヌ=マリー、モミアゲの三者会談が行われようとしている。
「思ったよりホコリが溜まっていませんね」
「亡くなってひと月も経っていないらしい。後任もすぐ来るだろう」
「よろしい。民の信仰のためには必要なことです。心の安寧を取り上げてはならない」
「ははは」
テーブルを挟んで私、アンヌ=マリーと向かい合うモミアゲ。
椅子をやや遠くまで引く。
さてはアンヌ=マリーにボコられた過去があるから、ビビってんな?
捕虜になって顔も知っていることだし。
「オマエ、コイツに拷問でもしたのか?」
「いえ。捕虜にしたとき口説いてきたので、モミアゲを軽く炙ったくらいです」
「コイツにとっちゃ魂の殺人だろそれ」
「君たちー」
モミアゲに取っちゃ嫌な話題のようだ。
私たちにも座るよう促す。
いい気味だぞ。節操なく口説くからだ。
「さぁ。お茶も出ないんだから長居するもんじゃない。
後任神父が来るまえに話を終わらせてしまおう」
「猶予ありすぎだろ」
私たちも席に着くと、モミアゲは背もたれに深く沈む。
「とはいえ。何が言いたいかは私も察しが付いている」
リラックスというより、全身でドヤ顔してる感じだ。
「ほう?」
「ズバリ、
フロイラインは愛しい私との戦を回避したいんだろう?」
「アンヌ=マリー。コイツ殺していいか」
「フルール王国としては得しかしないので、構いませんよ」
「待って待って待って!」
待つかボケぇ。
キサマのせいで話が脱線するわ。
「結論から言おうか。早く帰りたいし」
「ああん、つれない」
「黙って聞いてろ」
モミアゲが乗り出してくる分身を引いて。
私がここまでイヤなヤツと会談してまで目指すもの。
それは、
「我々としては、
『ジッツ・クリーク』を提案したい」




