まぁ大抵の問題より家庭の事情の方が大変なものである
「それは、マズいことになったな」
「マズいことになりましたね。
あぁ、シェフには
『今夜のスープもおいしゅうございました』
と伝えてください」
アンヌ=マリーが給仕の方を振り返る。
そんな誤解があったかは置いといて。
「『だから私だけ食事に呼んだ』
そういう解釈でいいか?」
「ええ、そのように」
アンヌ=マリーが口元をナプキンで拭っていると。
ワゴンに載せられチーズが運ばれてくる。
食事は修道女らしく質素だったが、フロマージュはきっちりいただくらしい。
彼女の視線はそちらに奪われながらも、
「その返事ができるということは。
『何がマズいのか』正しく理解できている、
という認識でよろしいですね?」
「うむ」
この持ってまわった言い方。
やはり私がイメージしたのと同じ絵図が、アンヌ=マリーの頭にもある。
何も、白十字王国と戦争になるのがマズいのではない。
それは今までもずっとそうだった。
今は彼女自身がゼネヴォン統治に心を砕いているから、小休止になっていただけ。
戦争を歓迎はせんが、『悪化』ではなく『元に戻る』だ。
まだ騎士を辞めて数ヶ月。
変な話、我ながらそこの肝は据わったままだ。
また、負けることも考慮しなくていいだろう。
こちらも以前と同じ、アンヌ=マリーとモミアゲのマッチアップだ。
結果は誰もが知るところ。
一方的なコールドゲーム
が宣告される直前、私が雨を降らせてノーゲームにしたようなものだ。
で、今回は私もフルール側にいる。
もはや負ける方が難しい。
『負ける』と少しでも不安になる方が難しい。
だからアンヌ=マリーも
『マズいことになった』
とか言いつつ、シェフをフォローしたりチーズに気を取られたり。
全然余裕そうな態度でいられるのだ。
余裕を通り越してよゆー。
じゃあ何がマズいって言ったら、
「バレんようにせねばな」
「いずれはバレるでしょう」
アデライド殿下だ。
その片鱗はすでに出ている。
このまえのモノ=レジーヌ攻防戦を非常に嫌がったのだ。
自分の身柄を争って、
祖国に大きな戦が訪れると思えば。
「脱走、はー、する、まいが」
「本当に?」
「断言は、できん、な」
『私の身を差し出せば、戦いは回避されるのでしょう!?
ハインリヒ兄さまのところへ参ります!』
言われたこともないセリフが鮮明に浮かぶ。
耳元で言われていると錯覚するくらいだ。
「むしろ王位継承で邪魔なのは男系のドミニク殿下だ。
お一人だけ行かれても仕方あるまいに」
「そういう問題ですか?」
「そういう問題ではないけど」
とにかくモミアゲごときより、よっぽどアデライド殿下に注意せねば。
「これでも異国の姫君なんだ。
いっそパルディエンヌあたりにでもお招きいただけないのか?」
パルディエンヌはフルール王国の首都だ。
本来ならとっくに移送させられていてもおかしくない。
というか普通はフルール国王に謁見するべきであって。
だが『亡命してきた美姫』という立ち場だ。
『敵国から奴隷用にぶんどってきた乙女』ではないが。
ある程度好奇の目が向けられるだろう。
それこそゼネヴォンで塔に籠る以上の晒し者だ。
それをアンヌ=マリーが気遣って、
『西方の侵攻と統治に使えるから』
と中央に言い訳し、留め置いてくれているのだ。
「宮殿へ行かれるのですか?」
「前線からは遠いしな。背に腹は変えられん」
「別に善意だけでなく、利用価値としても残っていただきたいのですが?」
「ドミニク殿下がいらっしゃる。
第一、アデライド殿下は乗り気でないからな。
そっちのお偉いさんから
『利用価値がない』
とか言われるまえに、さっさと参上した方が印象もよかろう」
殿下と戦争がデリケートなら、引き離すのが一番早い。
火元には可燃物を置かないことだ。
しかし、
「得策ではないですねぇ」
アンヌ=マリーは薄く笑う。
目は笑っていない。
「あなたは使えるでしょうから」
「む」
それはつまり、
殿下の傅役としてパルディエンヌに上がっても、
私だけゼネヴォンへ返される
ということだろう。
実際私まで中央に置く意味はないしな。
どころか白十字王国軍に詳しく、英雄『女熊』でもある。
自分で言うのもなんだが、
『世界征服が終わるまで前線にいろ』
とでも言われかねない人材だ。
いやさ、私も槍働きで上がってきた生粋の騎士ジャンキーだ。
殿下のためならやぶさかではないが。
祖国を追われ、フルール王国の首都で独りぼっちになったら。
いよいよ殿下は病んでしまわれるだろう。
レディ・ド・ブロイも一緒に行けばいいのかもしれないが。
彼女には悪いが、
『いざというとき頼りになる人間』
がいないことに変わりはない。
立ち場の弱い若い女が、女好きの国で無防備。
前線より危険だ。
「『あなたが殿下の側にいるべき』
というより、
『殿下があなたから離れるべきではない』
のです。
となれば。
アデライド殿下は花壇でも鉢植えでも、どこへでも飾れましょうけれど。
あなたのような大木はやはり、庭に植えられる。
都合の利く方が合わせるべきです」
「ふーむ」
本来切り分けて食べるべきチーズのブロックを、
アンヌ=マリーはカッティングボードごとテーブルに移す。
「困ったな」
「困ったでしょう?」
だが戦は避けられんだろう。
こちらがいくら不戦主義でも、仕掛けられたら戦いだ。
で、そうならないための通告が来ているわけで。
その戦争回避の最終手段を、蹴ることは決まっているのだから。
となると、
「アデライド殿下にご満足いただける戦にせねばならんな」
「そんなものありますか?」
アンヌ=マリーのチーズをスライスする手が止まる。
「あるともさ」
彼女は何も悪くないが、この場に漂う
『行き詰まった感』
には飽きた。
ご退場いただくべく、自信満々に返しておくか。
「私にならできる」




