戦いは否応なく
我々の亡命が正式に受理されたあと。
真っ先に行われたのは
「『ヤグルマギクの旗』のもとに!」
「急げ急げ! 速さが全ての成否を分けるぞ!」
モノ=レジーヌ攻略作戦だった。
早速侵略開始か、と思われるかもしれないが。
実際アデライド殿下はそう叫んだが。
これ自体はアンヌ=マリーの厚意だ。
「アンヌ=マリーさま、お連れしました」
「私より早くトゥルネーさんに会わせて差し上げなさい。
双方ともご不安でしょうから」
「お父さん! お母さん! ジュリアン! クレール」
「「アネッサ!」」
「姉さん!」
「お姉ちゃん!」
モノ=レジーヌはアネッサの故郷。
実家があって家族がおり、我々も向かおうとしていた場所だ。
放っとくとハインリヒ派の人質にされかねないし、
正式に国外亡命が布告されたあとは、より危ないからな。
そうなるまえに『保護』したというわけだ。
本来ローヌとモノ=レジーヌのあいだには、ジャンパルカスという街がある。
それをわざわざ、湖ルートで迂回しての電撃戦。
別にフルール軍に損を強いたわけではないが。
やはり戦略的合理性はない、アネッサのための軍事行動だろう。
「それであなた方を取り込めるのであれば。
巡り巡って得をするなら、恩を売るのも立派な戦略です」
とアンヌ=マリーは語る。
相変わらず怖い戦争をする女だ。
全部金で済むなら、割高でも払ってしまうタイプか。
その代わり貴重な、時間や健康を節約する。
聖女が自分で買い物するのかは知らんが。
もちろん、今回のことはモミアゲに報せるべくもなかった。
なんなら私たちが亡命したこともまだ知らんかもな。
申し訳ないことをしたとは思うよ。うん。
まぁ対策してないモミアゲが悪いってことで、そこは置いといて。
モノ=レジーヌ攻略が終わって、
「こんなところに連れてこられるなんて」
「よい街ですよ」
「そういう意味ではありません」
現在私たちは、ゼネヴォンに移されている。
「ではいかなる」
「戦利品として見せびらかしているのでしょう」
「別に、晒し者にはされていませんが」
どころか逆。
ゼネヴォン城の一角を与えられ、塔の窓から街を眺める日々だ。
別に軟禁されているわけではない。
ただし出掛けるなら一定の護衛は付けられるし、
何より窓辺で椅子に座り、ブー垂れているアデライド殿下。
ご自身が出掛けたがらない。
ちなみにアネッサやご家族、ドミニク殿下は観光を楽しんですらいる。
レディ・ド・ブロイは旅の疲労か、熱を出して寝込んでいるけども。
「むしろ籠っている方が大衆には
『囚われの姫』感
が出て、塔ごと晒されているようなものですよ」
「むう」
「難しく考えるより、外に出た方が気分も晴れるのでは?」
「ぶう」
こんな調子のアデライド殿下だが。
実は意外と、まだアンヌ=マリー嫌いを引っ張っているわけではない。
もちろん解消したとは言わないが。
これでも殿下なりに、してもらったことの大きさは分かっている。
むしろ『殿下』への特別扱いではなく、アネッサのために動いてくれたこと。
自分がされるよりよっぽどありがたいと思う、
思える方だ。
だからこそ受け入れられないのだと言う。
アネッサのためであり、我々の立ち場からすれば助かることだが。
そのために攻防戦で命を落とした兵士はいる。
なので今回のことを喜んだり、アンヌ=マリーに感謝することは、
殿下の中で
『白十字王国民が命を落とすことを是とする』
行為になってしまう。
だからムスッとしているし、
街に出て、市民に合わせる顔もないのだ。
去年は白十字王国民だった人々だ。
「やれやれ」
こればっかりは割り切れる人割り切れない人、
割り切らなければならない人割り切ってはいけない人がいる。
私は前者だが、殿下は後者なんだろう。
私が騎士という
『戦い、殺し、勝つ』
ことで国家国民を守る機構だったように、
『元来政治に関わらない姫で、さらに庶子』
だった殿下は
『愛し、優しさを振り撒き、慈しむ』
ことで国家国民を治める機構だったのだ。
急に逆にはなれない。
「ミュラー卿、よろしいですか」
「おう」
「マリアンヌ閣下のお呼び出しですか? いってらっしゃい」
「ははぁ」
「つーん」
口で言うな口で。
あんまり怒ってないのか?
最近私がアンヌ=マリーに時間を割くと、こんな感じ。
さっきの感情が影響しているのか、単純に構ってほしいのか。
寂しいなら出掛ければいいのに。
殿下のご天気も乙女心もよう分からん。
私だって乙女なんだがなぁ。
ドアは開けっ放しで行き来する人も多いが。
執務室そのものはアンヌ=マリー1人。
しかも書類の山に目を通して私を見ていない。
だから不用心なんだって。
「私がオマエを人質に取って、無理難題を言い出したらどうするつもりだ」
「ずいぶんと明け透けにお話しなされるのですね。
だから信用しているのですよ」
「その私に1回してやられたんだろうが。
今はあのときより差し迫っているんだ。何するか分からんぞ」
「お小言を聞くためにお呼びしたのではありませんよ」
アンヌ=マリーは書類を置いて、私に視線を向ける。
そうせんと話が進まんと思ったんだろうな。
「アデライド殿下はいかがお過ごしですか?」
「相変わらずだよ」
「手強い」
まーた視線を書類に戻す。
予定どおりに行かんからってなぁ。
それでも聖女か。人々の話を聞け。対話しろ。
「外にもお出掛けになりませんか」
「気分じゃないようだな」
「困りましたね。ゼネヴォン市民をまとめるには、よいアイコンなのですが」
「まぁ、な」
アンヌ=マリーだって慈善事業でやってるんじゃない。
我々をゼネヴォンに移したのも、使い道があるからだ。
一度ほぼ勝ち確定の盤面を作ったにも関わらず。
ゼネヴォン市民の裏切り(誤解だけど誤解じゃない)で失っている。
さっき私にツッコまれていたが。
言われずとも、本人が誰より忘れちゃいないのだ。
「我々が今後東征する際の、正統性にもなってくれなさそうな感じですか」
「そういうのを一番嫌がっているからな」
「アテが外れましたねぇ」
「エラく明け透けに話すんだな」
「気にしないだけの度量があり、気にしていられる余裕はないでしょう?」
「む」
そうとも。
私とアンヌ=マリーに個人的な交誼があるだけで。
コイツが聖女だから安全なだけで。
利害が一致するから組めているだけで。
所詮私たちは亡命、
身売りした弱き存在だ。
決して対等でもなければ、選択肢も多くない。
「やっぱりオマエは、怖い戦争をする女だよ」
聖女はにっこり笑った。
数日後。
またひとつ展開があった。
アンヌ=マリーに呼ばれて夕食に臨席すると、
「ご存知ですか?」
彼女はサラッと教えてくれた。
「第二王子ハインリヒが、正式に国王へ即位したそうですよ」
「簒奪しといて、意外とまだだったんだな」
「それでですね。
両殿下一味の送還も、正式な要求が届いています」
「ふむ」
「もちろん売り渡しはしませんが、
大きな戦いになる予感ですね」




