鬼の一手
「ずいぶんとゲイル語がうまくなったじゃないか、えぇ?」
昼まえ。
日光も風も遮るものがない、やや暖かい平原にて。
相変わらず不用心に、馬から降りて地面に腰を下ろし、
たった1人で待っていたのは、
「えぇ。ゼネヴォンではフルール語で通じるのですけれどね。
やはりゲイル語も話せた方が、より多くの方と心が通じるのでは、と」
鮮やかな金髪のシニヨン。
凄みがなさすぎて、気が抜けたようにすら見える童顔。
虫も殺せなさそうなか弱い声。
かつて西方の地で、幾度となく対峙し、親しく会話までした女。
「相変わらずマメな聖女サマだな。
アンヌ=マリー」
「それをこそ、頼ってこられたのでしょう?」
あの日、ロージーヌから帰還したあと。
会議はこじれにこじれたわけだが。
「どうするの? フューちゃん」
「うーむ」
結局私の意見で決まるということで。
「私としては、ドミニク殿下の御意ではないかと思う。
宿舎をあつらえ、不自然にも自身の旗を立てて待つほどの男だ。
丁寧であり、かつナルシストでもある。
あの関所が私たちを見逃すものだったとして、
やはりなんの言伝もアピールも残していないのはらしくない」
ドミニク殿下以外も小さく頷いている。
どうやら誰も、ここまで違和感はないようだ。
「フューちゃんが言うなら間違いないね」
「ツィマーさまについてですものね」
「私をモミアゲの理解者のように話すのはやめていただきたい」
もしくは私に任せて脳死なんじゃないだろうな?
「というわけで、私もアネッサの意見に賛成ではある。
迂回するのが吉でしょう」
「では決まりですわね」
レディ・ド・ブロイが残念そうに鼻からため息をつく。
ここまでモミアゲのおかげで、まだマシな旅路になっていたしな。
元々王城で暮らしていた貴い方々だ。
相当キツいものだっただろう。
むしろ今までよく耐えてくれた。
それが大都市ロージーヌを前にして、また当初の過酷な山越えに。
そりゃイヤに決まっているだろうさ。
命の危機かもしれんのに、多少平和ボケしている感は否めないが。
それは私が過酷な逃亡生活なりに
『メンタルが尖らない程度には安心を提供できている』
ってことでもあるので、まぁいいとして。
「迂回は迂回で仕方ない、のですが」
「どうかしたの?」
問題はそこじゃない。
「あれが中央からの手勢だった場合、です。
モミアゲ……ツィマー卿が私たちの安全を保証したとて、
『実際には容易くハインリヒ殿下の手勢が迫ってくる』
ということになる。
ツィマー卿の保証はせいぜい
『中央には私たちのことを黙っておく』
程度の話。
まず私たち自身が、直接見つからないことが前提です」
理解しているのか反射か知らないが緊張しているアデライド殿下。
『何を今更』という顔をなさっているドミニク殿下。
反応はそれぞれだが。
「つまり、誰の庇護下にいようと。
いつそれが破られるか分からない、いや、
『その影に怯えて暮らし続ける』
ことになります」
この場の全員にとって、個人差はあれど、苦痛になるはずだ。
さすがに場が明るい雰囲気とはいかない。
「それが、逃げる者の宿命ですね」
「いっそ最初から捕まっていた方がマシ、なんてことはないんだろうけど」
ここまで文句も言わず、明るくチームを支えていた両殿下でも俯き、
「ごめんなさい……。私が、私があの人の妾になったからこんなことに……。
庶子として生まれてくる、あなたたちの苦労も考えないで……」
「母上!」
「そんなことおっしゃらないで、お母さま!」
レディ・ド・ブロイにも限界が来ている。
「フューちゃん、どうしよう……」
アネッサもオロオロ。
本人は図太い性格だが、他人の動揺には敏感だ。
副官向きではあるというか。
困ったことになってしまったな。
だが、
私も指揮官の端くれ(元王国騎士団副長)。
無闇に士気を下げるだけの発言はしない。
「ですから」
ちゃぁんと対応策は考えてあるのだ。
「ハインリヒ殿下の手が届かないところまで行けばよろしい」
「それで我々を頼ってくださった、と」
「フルール王国じゃない。オマエを頼ったんだ」
「口説いても無駄ですよ」
「残念だな」
というわけで私たちは、一度キュレーまで後退。
そこからレ・マル湖の水路で移動し、
ローヌの港へ上陸した。
ここは西方戦線の
フルール側の最前線。
いわゆる亡命である。
そこからさらにゼネヴォン方面。
次の都市ニョーヌへの途上まで迎えに来てくれたのが
アンヌ=マリーということだ。
「それにしてもお早いお迎えで、と思ったが。
一人で来たのか。そこまで急がなくてもよかったんだぞ」
「急いだのではなく、一人だから支度が速いだけのことです。
軍勢を率いていくと、怖がらせてしまうでしょう?」
相変わらず相手の警戒心に細かいが、自分には無頓着というか。
今も私と馬を並べ、殿下たちがいらっしゃる小屋へ同行している。
中に10人くらい騎士がいて、騙し討ちされたらどうするつもり……
小屋ごと焼けばいいと思ってるんだろうな。
コイツ本当に聖女か?
まぁ正直、身分が偉いお方より頭ドエラいヤツの方が楽だけど。
ということで、アンヌ=マリーを隠れ家へ連れていったのだが、
「……」
「……結局怖がらせてしまったのでしょうか?」
「いや、ご機嫌斜めなだけだ。
アデライド殿下、マリアンヌ卿ですよ」
「はぁい」
「……」
「……」
「ドミニク・シャルル・ベルナール・ルネ・シュヴィーツです」
「あら、ご丁寧に」
実はここまでことが進んでおきながら、
アデライド殿下はものすごーく不満に思っている。
曰く、
『私たちで国民を救うのではなかったのか』
『なのに自分たちは亡命して、国にも残らないのか』
とのこと。
まず安全を確保しないとハインリヒ殿下は倒せないのだが、ご納得いただけない。
一応
『ヴァリア=フルール王国の世話になったら、亡命政権として擁立される』
『さすれば彼らに白十字王国侵攻の口実を与えることになる』
『最後には傀儡政権だ』
という、ごもっともな見通しもあられるのだが。
実際アンヌ=マリーのゼネヴォン攻略後がそういう
『融和的侵略』
だったしな。やるのはやるだろう。
だから私も、亡命の交渉かできると踏んだわけで。
ドミニク殿下は
『仕方ない』
『そこの意地を張れるだけの力が、僕たちにはなかったんだ』
『教訓と戒めだよ』
と受け入れてくださったんだがな。
アデライド殿下の方がおっとりと見えて、
意外と理想主義で意固地で押しが強い。
いや、押しは年末年始追い回されたときからそうかも。
「ほら、アデライド殿下も。
殿下と同じ、名前がアで始まる儚い系童顔ですよ」
「私のファーストネームはフレデリカですー!
ドミニクは『ジジ』って呼んでますー!」
「やれやれ」
これではせっかく来てくれたアンヌ=マリーに失礼だ。
急に子どもじみてしまって。
私も初めてだから、対応に困ってしまう。
チラリとアンヌ=マリーの方を見ると、
彼女は優しく微笑んでいる。
「では、正しくお呼びするために。
お名前を拝聴してもよろしいでしょうか?
私、ヴァリア=フルール王国東方方面軍司令官
アンヌ=マリー・アリア=マリア・マリアンヌと申します」
「……白十字王国シュヴィーツ王家第四王子
フレデリカ・ジゼル・ソフィー・アデライド・シュヴィーツです」
なんか、
『孤児院のベテラン院長が聞かん坊を相手している』
みたいな感じだな。
まぁ構図としては同じなんだが。
問題は双方の役者の年齢がおかしいだけで。
「ねぇフューちゃん。どっちも名前長いね。頭パンクしそう」
「早口言葉と暗記科目、好きな方を選べ」
まぁアネッサがこの二人をフルネームで紹介する機会はないと思うが。
ただ、問題は鬼手で大きく打開したと思うんだが、
「なんだか先が思いやられるなぁ」




