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コズミック・ドリフター④偽りの楽園(リゾート・ユートピア "セレネ・ガーデン")  作者: naomikoryo


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5/10

第五話:消えた歌声

情報提供者との接触まで、あと二日。

陸とリラは、表向きはごく普通の観光客として、セレネ・ガーデンの休日を過ごしていた。

と言っても、リラは部屋にコンソールを持ち込み、常にクロノス・オーダーの情報収集を続けている。

陸もまた、基礎的な体幹トレーニングと惑星渡りの精密な制御訓練を欠かさなかった。

ここは楽園だが、決して自分たちが骨を埋める場所ではない。

その事実は、二人の共通認識だった。


その日の夕暮れ時、陸は一人でホテル内を散策していた。

豪華絢爛なロビーやラウンジには、もう飽きていた。

彼は従業員用の通路や搬入口などが集まるホテルの裏手へ、足を向ける。

華やかな表舞台とは対照的に、そこはひっそりと静まり返っていた。

壁には無数のエネルギーパイプが走り、巨大な換気扇が低い唸りを上げて回っている。


陸はそんな無骨な風景の中を、あてもなく歩いていた。

その時、どこからか澄んだ歌声が聞こえてきた。


それは、人間の声ではなかった。

もっと高く、鈴を転がすような清らかな音色。

メロディはどこか物悲しく、陸が知らない言語で歌われている。

だが、その歌声には言葉を超えて人の心を打つ、不思議な力があった。

故郷を思う望郷の念か。

あるいは、失われた何かを悼む哀歌か。


陸は歌声に引き寄せられるように、音のする方へ歩いていった。

声は巨大な貯水タンクの裏手から聞こえてくる。

陸は息を殺し、そっと壁の角からその様子を窺った。


そこにいたのは、一人のピクシーの少女だった。

彼女は他のピクシーたちと同じように従業員の制服を身につけている。

だが、その雰囲気は明らかに違っていた。

誰にも見られていないと思っているのだろう。

タンクの壁にもたれかかり、空に浮かぶ巨大な母星を見上げながら、ただ一心に歌っていた。

瞳は潤み、頬には一筋の涙が伝っている。


その姿は、陸がこれまで見てきた「感情のない労働機械としてのピクシー」ではなかった。

そこには確かに、心を持つ一人の少女がいた。


陸は、そのあまりにも儚く美しい光景に心を奪われ、動けずにいた。

彼女の歌声は、この偽りの楽園には似つかわしくないほど純粋で、そして悲しみに満ちていた。


その時、陸の足元の小石が、かり、と小さな音を立てた。

少女の歌声が、ぴたり、と止まる。

彼女は弾かれたようにこちらを振り返った。

そして陸の姿を視界に捉えた瞬間、彼女の顔から血の気が引いていくのが分かった。


その瞳に宿ったのは、恐怖。

見つかってはいけないものを見られてしまった、という絶望的なまでの恐怖だった。

彼女はわなわなと震え、大きな瞳からぼろぼろと大粒の涙をこぼし始める。

そして次の瞬間には小さな身体を翻し、まるで何かに追われるように闇の中へ逃げ去ってしまった。

背中の美しい羽が、悲鳴を上げるように震えていた。


後に残されたのは、陸と気まずい沈黙だけだった。

なぜ、彼女はあんなにも怯えていたのだろう。

ただ歌を歌っていただけではないか。

陸はその場に立ち尽くしたまま、少女が消えていった闇の奥をじっと見つめていた。

彼女の悲しげな歌声と、恐怖に歪んだ最後の表情が脳裏に焼き付いて離れなかった。


部屋に戻ると、リラが怪訝な顔で陸を見た。


「……どうした。幽霊でも見たような顔をして」

「……リラ。俺、ピクシーが歌っているのを見た」


陸は先ほどの出来事を彼女に話した。

リラは黙って聞いていたが、やがて柳眉をひそめた。


「……おかしいな」


彼女はコンソールを操作し、いくつかのデータを呼び出す。


「公式記録では、ピクシーは発声器官が退化しており、複雑な言語や歌を歌うことはできない、とされている。

彼らのコミュニケーションは微弱なテレパシーか、あるいは羽の振動パターンで行われる、と」


「そんなことない。俺は確かに聞いたんだ。それに、彼女は泣いていた」

「ピクシーの情動発露も極めて稀だ。少なくとも公の場では、一切記録されていない。……あんたが見た少女、何か特徴は?」


陸は必死に記憶を辿った。


「……確か、髪に小さな青い花の飾りをつけていた」


その言葉を聞いた瞬間、リラの指がぴたりと止まった。

彼女はディスプレイに表示された一枚の写真を拡大する。

それは、このホテルの従業員リストだった。

無数の無表情なピクシーたちの顔写真が並ぶ中、リラは一人の少女の写真を指し示した。

その少女の髪にも、同じ青い花の飾りがあった。


「……ルナ。それが彼女の名前だ」


リラの声は低く、険しかった。


「そして、彼女は一週間後にこの星から『輸出』されることが決まっている」


「輸出……?」

「ああ。別の星系の富豪にハウスメイドとして『レンタル』されるんだ。……一度輸出されれば、二度と故郷の星に帰ることはできない、と言われている」


陸は言葉を失った。

あの悲しい歌声の意味。

彼女が流した涙の理由。

すべてが、一つに繋がった。


陸の中で、何かが決壊した。

これはもう、見て見ぬふりができる問題ではない。

彼のお人好しで厄介な性分が、この偽りの楽園の最も深い闇に、今、触れてしまったのだ。

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