第四話:労働の「妖精」たち
二人が宿泊先として選んだホテル・アルテミスは、セレネ・ガーデンの中でも最高級と謳われる白亜の宮殿だった。
広大なロビーは床から天井まで一枚岩のクリスタルで作られており、二つの太陽の光を乱反射させる。
まるで宝石箱の中にいるかのような錯覚すら覚えた。
「……すごいな。家賃一万コズモの部屋とは大違いだ」
陸が感嘆の声を漏らすと、隣のリラが呆れたようにため息をついた。
「当たり前だ。ここは一泊するだけで、あんたの借金が倍になるくらいの値段だぞ。今回は情報提供者が手配したから泊まれるが、二度と来ることはないと思え」
チェックインの手続きもまた未来的だった。
フロントに立つ従業員にリラが予約コードを告げると、従業員はにこやかな笑顔のまま、指先から放った微弱な光でリラの網膜をスキャンした。
「リラ・アステル様ですね。お待ちしておりました。お部屋は最上階のオーシャンスイートをご用意しております」
その完璧なサービスを提供する従業員。
彼らこそが、陸がビーチで見かけたあの種族だった。
ピクシー。
その愛らしい名とは裏腹に、彼らの姿はどこか人間とかけ離れていた。
身長は陸の胸のあたりまでしかなく、華奢で小柄。
肌は陶器のように白く、大きな瞳は常に穏やかな光を湛えている。
そして最大の特徴は、背中に生えた四枚の半透明の羽だろう。
それはトンボや蝶のそれに似ており、光の角度によって七色に輝いて見えた。
だが、その美しい羽で、彼らが空を飛ぶことはない。
羽は飾り物のように、時折かすかに震えるだけだった。
ホテルに滞在する数日間、陸は彼らの姿を至る所で目にすることになった。
部屋の完璧な清掃を行うハウスキーパー。
絶妙なタイミングで料理を運んでくるウェイター。
広大な庭園の植物を一本一本丁寧に手入れする庭師。
ホテルのあらゆる場所で、あらゆる雑務を、彼らは完璧にこなしていた。
彼らは常に無口だった。
客から話しかけられれば、完璧な笑顔と丁寧な言葉遣いで応対する。
だが、彼ら同士で言葉を交わす姿は一度も見かけなかった。
そして、その瞳。
穏やかに微笑んでいるように見える、その瞳の奥からは、何の感情も読み取れない。
まるで精巧に作られたアンドロイドの義眼のようだった。
「……なあ、リラ」
部屋のバルコニーから、眼下のプールサイドで働くピクシーたちを眺めながら、陸は口を開いた。
「あいつら、何なんだ? ロボットなのか?」
「違う。生身の生物だ。ピクシー種。セレネ・ガーデンの原住種族というわけじゃなく、別の星系からやってきた移民らしい」
リラはタブレット端末で何かの情報を表示しながら答えた。
「彼らは非常に勤勉で従順。しかも、ほとんど睡眠を必要としない特異な体質を持っている。この星の観光業は、彼らの労働力なしには成り立たない」
「労働力……」
陸はその言葉に眉をひそめた。
ヘパイストス・ファウンドリで見た、あのサイボーグ労働者たち。
彼らもまた「労働力」として自らの身体を改造していた。
だが、彼らの目には少なくとも、故郷に金を送るという明確な目的の光があった。
しかし、このピクシーたちはどうだ。
瞳が、あまりにも空虚すぎる。
ただ与えられた仕事を完璧にこなすだけ。
その姿はヘパイストス・ファウンドリの労働者たち以上に、陸に人間性の欠如を感じさせた。
「この星の主要産業は二つ。観光業と、そして彼らピクシーの労働力派遣だ」
リラが付け加える。
「彼らの勤勉さは銀河中に知れ渡っている。様々な星の企業や富裕層が、彼らを『レンタル』するためにこの星に大金を払う。セレネ・ガーデンは彼らを管理し派遣することで、莫大な利益を上げているんだ」
レンタル。派遣。
その言葉は、まるで彼らが人間ではなく、物か道具であると言っているかのようだった。
陸は言いようのない嫌悪感を覚えた。
この美しい楽園は、彼らピクシーたちの感情のない労働の上に成り立っている砂上の楼閣。
陸の脳裏に、あの違和感が再び蘇る。
完璧すぎる楽園。
その欺瞞の正体が、少しだけ輪郭を現した気がした。
彼はバルコニーの手すりを、強く握りしめた。
眼下では一人のピクシーが、こぼれたジュースを完璧な手際で拭き取っている。
その背中の美しい羽が夕日を受けて、悲しいほどきらきらと輝いていた。




