それぞれの事情①
朝、目が覚める。
真っ先にする事は、今、自分が何者であるかの確認。
細く小さな指。
長い頭髪。
胸の膨らみ。
それらに今朝は、もう一つ加わった。
これが現世か、はたまた黄泉の国か。
大きく深呼吸して、まだ生きている事を実感した。
「まだ余裕はあるか」
シャワーを浴びるために脱衣所へ。
鏡に映る自分の姿を見て、少し引く。
「目立つな、これ……」
五月さんにより、強く締められた首の表面。
クッキリと痣が出来ていた。
だが、そこはまだ良い方法で。
お腹の方は更に酷かった。
執拗に殴られたからなぁ。
触るとまだジクジクと痛む。
溜息をつきながら浴室へ。
栓を捻り、頭から浴びる温かなお湯のシャワー。
心地良い。
同時に生きている幸せを噛み締めるも。
そう思うわないと不安になるのは、流石にどうかと考えてしまう。
『……じゃぁ、死ねよ』
あの言葉が脳内で、壊れた音響機器のように繰り返し再生されるせいだ。
全てが自業自得。
あの時、もしも彼の兄までも加害側の人間だったなら。
今でも私は、あの家に監禁されたままで…………。
危なかった。
周期的に考えて、危険日だったから。
もう二度と彼らに会う事はあるまい。
そう頭では判っていても。
体は聞き分けが悪く、ずっと恐怖で怯えていた。
「おはよう、栗ちゃん♪」
「ぉばよぉ…」
朝の通学路。
平穏な日常風景……なのだが。
「どうしたのですか?、その声」
「ぢょっど風邪を引いたっぽい」
親友の木村さんに、朝から嘘をつくのは気分が悪かった。
かと言ってバカ正直に話したら、ドン引きされるだろう。
「じゃぁ、その首の包帯も?」
話しを合わせるように、コクコクと頷いた。
お腹の青痣は隠せるが、首は露出する。
包帯で誤魔化す他なかった。
「今日、音楽の授業がなくて良かったねぇ♪」
「ぅん…」
合唱なんてしたら、酷いダミ声を披露するハメになっただろう。
いや、口パクで凌げば良いか。
「ねぇ、栗ちゃん」
「ん?」
「今年の文化祭、また演劇部用に脚本を書くのかにゃ?」
返事するのが億劫なので、深く頷いた。
「書く内容は決まったの?」
再び頷いて見せる。
「もう完成済みだったり?」
いえ、まだですと。
息を長々と吐きながら肩を梳かせた。
最後の展開をどうするのか迷っていた。
昼休みにでも、部長の角田さんに相談するしかあるまい。
「いよぉっ!」
突然、背後から聞こえる威勢の良い声。
すぐ真後ろに、高身長の男子が…………。
「古村くん、おはよぉっ! こんな所で会うなんて珍しくない?」
「あぁ。ちょっと、忘れ物してな」
ごく自然な男女の会話。
だが、心のざわめきが止まらない。
打撲で未だ疼くお腹を、咄嗟に庇ってしまった。
「栗田さん、どうした? なんかテンション低くね?」
「いや、何でも…」
顔を覗き込まれ、体がビクリと過剰反応。
「栗ちゃん、風邪で喉が痛いんだって」
実はそうなんですと、二人に頷きながら微笑んだ。
ヤバイな。
あの件が見事にトラウマ化している。
男子が近付くだけで、胸が動悸する始末。
どうやら過去の忌まわしい記憶までも、一緒によみがえったらしい。
因果なものだ。
『他人が怖くてさぁ。学校にもずっと行けなくてぇ。男子になれば、変わるかなぁと思ったら………そんな事、全然なくってぇ~』
あの告白が脳裏を過ぎる。
五月さんの鬱屈が、伝染したっぽい。
あの時は慌てて部屋から脱出したけど。
出来ればもう少し、話しを聞いて上げたかったな………。




