お気楽な被災者達 K氏の事情②
「お天道様の下で飯を食うのも、たまには悪くないのう。これでビールをグイッといけたら最高なんじゃがっ!!」
少女の声に隣の客や、行き交う人々の視線がコチラに集中。
そうだろな。
成人男性ならともかく。
見た目、小学生の子が口にしたら違和感しかない。
「お爺ちゃん。お願いだから自重して」
ひ孫さんが涙目になりながらのお願い。
「なっちゃんや、心配でんで良い。誰が見ても、変な娘がおるくらいにしか思わんわいっ!」
小松ちゃんの言う事は間違ってはいないが。
その変な娘に、同席してる面子まで漏れなく巻き込まれ。
どんな人が来ても良いようにテラス席を選んだのが、今回は裏目に出た模様。
「由喜ちゃん、君ならビールくらい飲めるじゃろ?」
「いえ、まだ学生の身分ですから………」
「俺の若い頃は、それくらいの歳で普通に飲んどったぞ?」
「まぁ、ぞの頃は……そうですね」
四方からの奇異な視線を、ひしひしと感じながら林檎シュースを口にした。
ベネットさんも同じようにお子様な外見ではあるが、周囲に気を遣う人だったからなぁ。
「単刀直入に聞くが、由喜ちゃんも俺と同じか?」
「まぁ、そんな感じです」
「なんで、こんな事になっとる? 誰が始めたんじゃ?」
「今、それを調べている最中でして、ご協力をお願いしたく」
ヤリ辛い事、この上ない。
周囲に会話が丸聞こえ。
信じる人は誰もいないと思うが、一人でも興味を持っていたら……。
この席に座ってから、心の中で冷や汗がダラダラと流れていた。
「俺はてっきり、お国が馬鹿な事を始めたとばかり思っておった」
チョコレート掛けのエクレアを、美味しそうに頬張る小松ちゃん。
見た目だけなら、活発で可愛い女の子だった。
「今、少子化じゃろ? 老人を若返らせる実験でもしてのんか?」
「お国……ですか」
復唱しながらシュークリームを口に運んだ。
国家の関与は、全く考慮外だった。
「そのうち赤紙が届くようになるんじゃろ? お前は何月何日に、性別が変わり若返るから準備せぇとなっ!」
「配達員から『おめでとうございます』と言われ、近所の方々に万歳三唱されるんですか?」
少し想像しただけで、頭痛するような光景が脳裏に浮かんだ。
「でも、お爺ぃ…じゃなくて、小松ちゃん。若返るのに性別が変わる必要あるの?」
カップの紅茶を持ち上げながら、ひ孫さんが至極真っ当な突っ込みを入れた。
「それは……なんか理由があるんじゃろ。お国のお偉い方の考える事など、俺には判らんっ!」
指に付いた生クリームを舐めながら、履き捨てるように答えた。
嫌な事を思い出したのか、口元を不機嫌そうに歪めながら。
「あくまで憶測ですが。もし国が関わっているのなら、もっと上手くやると思いますよ」
「そうかのぅ」
「隔離施設でやるとか。少なくとも一般国民が知るような状況で、実験はしないかと」
偉い人の頭のネジが、弾け飛んでいる可能性は否定しきれないが。
公的の機関の研究なら、流石に新聞やテレビで報道される気がした。
「ならば、これは誰の仕業じゃ?」
「それが皆目判らないので、真相究明のために、小松ちゃんの経緯をお伺いしたいというのが、今回の主旨でございます」
本来の目的は、再び男へ戻るための手段探しだが。
誰が、どうやって、何のために、というのも気にはなっていた。
「経緯と言われても、話せる事はそれほどないぞ? 朝起きたら、女の子になっとった……くらいか?」
「あの時は、本当に大変でした」
ひ孫さんが溜息をつくなり、遠い目をした。
きっとお約束な出来事が展開されたに違いない。
「あの、小松ちゃんに一つお尋ねしたいのですが」
ずっと気になっている事があった。
「姿が変わる前に、タブレットや、スマホなどを、操作されましたか?」
元はご老体。
ネットにアクセスに出来るとは、とても……。
「おぅ。しとったぞ。朝から晩まで毎日やっとった」
「毎日…ですか?」
「頭より先に、足が駄目なってな。出歩けず暇を持て余しとったら、孫達が機械を貸してくれたんじゃ」
テレビより楽しいのは判るが。
使いこなすという事は、元々それなりに頭脳明晰なのだろう。
「姿が変わったのは、いつ頃ですか?」
「半年前じゃな。冬になる手前ぐらいか。月末……いや、下旬に入ったばかりか?」
「わりと最近……ですね」
少し意外だった。
「そうなんか?」
「はい。私は一年以上前ですし」
記憶が確かなら、パインさんは一年前の筈。
自分が知っている上では、一番新しい被害者だろう。
もっとも、本人は楽しんでいるようだが。
「ふむ。この話、長くなりそうじゃな………。河岸を変えるか」
小松ちゃんは、小さなバッグより円形の金属を取り出し、蓋を開いた。
「懐中時計とは渋いですねぇ」
ゴシックロリータ衣装の小道具にすら見えた。
「これか? 昔、世話になった人の形見でな。年季物だが今でも元気に動いとるぞ? 俺みたいにな♪」
素直に笑って良いのだろうかと、一瞬、悩んでしまった。
「時間は頃合いじゃな」
「何かあるので?」
「由喜ちゃん、美味い物を食べに行こうや。天麩羅か? 寿司か? 鰻か? すき焼きなら良い店が近くにあるぞっ!」
「ぇ、あ、はぃ?」
「金なら気にするな。その代わり、君の話を色々と聞かせて貰うがなっ!」
そう言うや、皿上に残ったお菓子を口の中へと放り込んだ。
「あの、お爺ちゃん。由喜さんにも事情が…」
「私は構いませんよ」
個人的には、テラス席より気が楽だった。
ただ、帰りは遅くなりそうだなと覚悟した。
「では行こうかっ!」
勢い良く、小松ちゃんは席から立ち上がると………そのまま前のめりに倒れた。
「大丈夫ですかっ!?」
「お爺ちゃんっ!?」
慌てて駆け寄るも、心配無用とフリルの袖を左右に振った。
「たまにな、足の感覚がなくなるんじゃ。数分経てば動くようになる」
「数分……経てば?」
「元は歩けんほど弱っておったからのうっ! 仕方なかろうてっ!」
足をさすりながら小松ちゃんは明るく笑い飛ばした。
「すまんが、ちょっと待ってくれ」
「はい。ごゆっくり」
笑顔で答えるも、声が少し沈んだ。
やはりか………。
薄々気付いてはいた。
今の身体。
若返っているように見えるが、完全に年齢相応ではないらしいと。




