ゼニスの吸血王子
強国ゼニスの王都。
雲を突くような鋼鉄の摩天楼の最上階で、第一王子・ヴァンは、チェスボードを眺めるように眼下の夜景を見下ろしていた。
彼の前には、空中戦で大破し、ボロボロになったカインの乗機『ペイバック』のホログラム映像が浮かんでいる。
「……執行官が、ただの野良犬に撃退されたか。面白い。非常に、面白いね」
ヴァンの声は、若々しい外見に反して、老人のような枯れた響きを持っていた。
彼は手元のグラスに満たされた、真紅の液体――栄養剤という名目の「高純度メニカ触媒」を一口啜る。
「王子。リリア王女の身柄は、現在行方不明です。世界銀行は彼女を『不良債権』として処理し、速やかな『抹消』を決定しましたが……」
背後の闇から、影のような側近が囁く。
だが、ヴァンは優雅に手を振ってそれを遮った。
「抹消? 銀行の連中は相変わらず数字しか見えない。あれは『マスターキー』なんだよ。
ただの鍵じゃない。世界中の口座を一度に初期化できる、神の指先だ。……それを壊すなんて、あまりに勿体ないだろう?」
ヴァンの瞳に、異常なまでの悦楽が宿る。
彼がリリアを求めた真の目的。
それは、弱小国の吸収などという小さな話ではなかった。
「彼女を私の隣に座らせ、マスターキーをこの国のメインフレームへ直結する。そうすれば、私は世界銀行そのものを『買収』できる。……四つの国も、メニカという通貨制度そのものも、私のコレクションの一部になるんだ」
ヴァンは、盤上のクイーンの駒を指でなぞり、そのまま乱暴に倒した。
「ジンと言ったか。その守銭奴に伝えておけ。彼女を傷一つなく運んでくるなら、私の個人口座の半分をくれてやると。……だが、もし彼女の瞳に曇り一つでもつくようなら、彼の故郷の土地どころか、彼の存在した形跡すら、この世の帳簿から消去してやるとね」
王子の背後のスクリーンには、ジンの故郷『旧アルタ州』の現在の様子が映し出されていた。
そこには、ただの荒野ではなく、何か巨大な「実験施設」が建設されつつある光景があった。
「さあ、おいで、リリア。君の価値は、君自身すら知らないほど、恐ろしく跳ね上がっているんだから」




