ラスト・クレジット(拡張版)
ジンは無愛想に言い捨て、背を向けた。
だが、リリアの声がその足を止める。「……たった、それだけのために?」透き通るような、しかし刺すような冷ややかさを含んだ声だった。
リリアは椅子から立ち上がり、重いドレスを引きずりながらジンの前に歩み寄る。
「5億メニカあれば、この国の人々が一年は食べていけます。
あなたはそれを、誰もいない、毒に汚れた荒野を買い戻すためだけに使い果たすのですか? ……執着ですね。お金に、過去に」ジンはゆっくりと振り返った。
その瞳には、さっきまでの戦闘で見せた狂気はなく、ただ計算機のような冷徹さだけが宿っている。
「王女様。アンタにとっての5億は『施し』かもしれないが、俺にとっての5億は『ケジメ』だ。
俺はあの日、金がないせいで故郷が地図から消されるのを指をくわえて見ていた。……いいか、この世で一番信用できるのは、血筋でも愛でもねえ。数字だ。
数字だけが、奪われたものを奪い返せる唯一の武器なんだよ」ジンはリリアの首元にある、マスターキーを認証するための銀のチョーカーを指差した。
「アンタだって同じだろ。その首輪に刻まれた『マスターキー』の数字があるから、強国の王子に買われる価値がある。
中身のリリアなんて少女には、一銭の価値もついちゃいねえ。……違うか?」リリアは息を呑み、唇を噛んだ。ジンの言葉は残酷だが、彼女が誰よりも理解している真実だった。
「……そうですね。私は、人間ではありません。私は、ルマ王国の残高をゼロにしないための『外貨』です」彼女は自嘲気味に微笑むと、震える手でジンの持っていた契約書にサインをした。
インクの黒が、まるで彼女の余命を削り取るかのように紙に染み込んでいく。
「契約成立です、守銭奴さん。私の命、ゼニスに着くまでは、あなたの資産としてお好きに扱ってください」「ああ、言われなくてもそうする。……傷一つつけさせねえよ。
納品前に価値が下がっちゃ、俺の取り分が減るからな」ジンはリリアの悲痛な表情に気づかないふりをして、乱暴に契約書を懐にねじ込んだ。
【機内:コイン・トス後部座席にて】
離陸して数十分。
狭いコックピットに、リリアの小さな声がインカム越しに届く。
「……ねえ、ジンさん。一つ教えてください。もし、私が死んで、保険金が故郷の再興に必要な額を上回ったとしたら……あなたは私を見捨てますか?」
操縦桿を握るジンの手が一瞬、止まる。
彼はコンソールに表示された、自分自身の銀行口座の残高を見た。
28,500メニカ。一回の夕食を豪華にすれば消えてしまう、端端な数字。
「……俺は損が嫌いだ。死んだ女から金をもぎ取るより、生きてる女に借りを返させる方が、利息もついてお得だからな」ぶっきらぼうな答えに、リリアは少しだけ意外そうな顔をして、雲の向こうを眺めた。
ジンの横顔は、金に執着していると言いながらも、その視線は数字の向こうにある「空」を、かつての故郷の空を必死に追いかけているように見えたからだ。
「……変な人」その呟きがジンの耳に届く前に、アラートが鳴り響いた。
コンソールの数字が赤く点滅する。
「警告。正体不明機、急速接近。……解析中……世界銀行・執行官と照合」
「チッ、営業開始早々に『借金取り』のお出出しかよ」ジンは不敵に笑い、スロットルを引き抜いた。
金と命を天秤にかける、二人の逃避行が本格的に動き出す。
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