ラスト・クレジット
「警告。口座残高、30,000メニカを割り込みました。……29,000……28,500……」
コックピットに響く無機質な合成音声が、ジンの神経を逆なでする。
キャノピーの向こう、黄金色の雲海を切り裂いて、三機の敵機「ハウンド」が背後に食らいついていた。
「分かってるよ! 喋るたびにサービス料を取るのをやめろ、このボロ機体が!」
ジンは操縦桿を叩き、愛機『コイン・トス』を急旋回させる。
重力加速度(G)が全身を押し潰すが、彼が気にしているのは自分の内臓よりも、コンソールに表示された「戦闘コスト」の数字だった。
一発撃てば300メニカ。アフターバーナーを一秒焚けば500メニカ。
この世界の空は、札束を燃やして飛ぶ地獄だ。
「……一石二鳥で行くぞ」
ジンは急減速。
敵機が追い抜いた瞬間、主翼の下からワイヤー付きのアンカーを射出した。特殊武装『M&A(合併買収)』。
アンカーは敵機のエンジンカウルを強引に引き剥がし、自機の燃料パイプへと直結する。
「強制徴収だ。礼は言わねえ」 敵機の燃料が逆流し、コイン・トスの残高メーターがわずかに回復する。
バランスを崩した敵機が爆散するのを横目に、ジンは機首を目的地である弱小国「ルマ」へと向けた。
ルマの王宮は、かつての栄華を象徴するだけの、古びた石造りの城だった。
謁見の間に現れたのは、豪奢なドレスに身を包んだ、しかし幽霊のように生気のない少女、王女リリアだった。「あなたが、護衛の方……?」 リリアの問いに、ジンは汚れたフライトジャケットのポケットから、シワだらけの契約書を取り出した。
「ああ。ジンだ。……話は聞いてる。強国ゼニスまでの片道切符、護衛報酬は5億メニカ。
前金で半分、残りはゼニス到着時、で間違いねえな?」 リリアは微かに頷き、ジンの瞳をじっと見つめた。
その瞳の奥には、世界銀行のマスターキーを示す複雑な幾何学模様が、一瞬だけ青く発光した。
「一つ、お聞きしてもいいですか? ジンさんは、そのお金で何を買うのですか?」
「……土地だ。今は強国のゴミ捨て場になってる、俺の故郷のな」 ジンは無愛想に言い捨て、背を向けた。
「準備しろ。あんたを『納品』しなきゃ、俺の夢はただの紙クズだ」
リリアはジンの背中を見送りながら、ドレスの裾を強く握りしめた。
彼女の胸元には、すでに「自死」を条件に自国へ保険金が支払われる、裏側の契約書が隠されている。
守銭奴のパイロットと、死に場所を探す王女。 二人の「損得勘定」が絡み合う旅が、いま始まった。




