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雛代の箱庭  作者: N


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22/25

22話


  それから少しずつ、

村の中の空気が変わっていった。


最初は、本当に小さなことだった。


道の向こうから来た人が、

私に気づくと少しだけ足を止める。


笑って会釈をして、

そのまま道の端へ寄る。


通りやすくしてくれただけ。

そう思おうとすれば思えた。


でも、

そういうことが何度も続くと、

だんだん気づいてしまう。


皆、

私のそばを通らなくなっていた。


前は、

野菜を抱えたまま話しかけてきたり、

水汲みのついでに立ち話をしたり、

そういう小さなことがあった。


今は違う。


声をかければ、ちゃんと返してくれる。

頭も下げるし、笑いもする。


でも、

それ以上は近づかない。


まるで、

見えない線でも引かれているみたいに。


ある日、

家の前で小さな子が石につまずいた。


私は反射的に手を伸ばした。


けれど、

すぐそばにいた年かさの女が、

私より先にその子の腕を掴んで引き寄せた。


「……あ」


思わず声が漏れる。


女はすぐに顔を上げて、

困ったように笑った。


「すみません、雛様。

この子、まだ落ち着きがなくて」


謝られるようなことではなかった。


私は伸ばしかけた手を、

ゆっくり下ろすしかなかった。


女はその子の背を軽く押して、

頭を下げさせる。


子どもは慌てたように小さく頭を下げたあと、

去りぎわに何度もこちらを振り返っていた。


別の日には、

前までよく話してくれていた女の子に

声をかけたこともあった。


「この前の花、きれいだったね」


そう言うと、

その子は一瞬だけ嬉しそうな顔をした。


けれど、

すぐにその表情は消えて、

視線が私の後ろへ流れる。


そこには誰もいなかった。


いないのに、

誰かの顔色をうかがうみたいに見えて、

私は少しだけ息が詰まった。


「……はい。ありがとうございます」


返事は丁寧だった。

丁寧すぎるくらいに。


それ以上、

何も続かなかった。


前ならきっと、

どこで見つけたとか、

誰が育てたとか、

そんな話をしてくれたはずなのに。


私がもう一言なにか言おうとすると、

その子はまた深く頭を下げた。


「では、失礼します」


逃げるみたいに、

小走りで離れていく。


私はその背中を、

呼び止められないまま見ていた。


それから、

もっと分かりやすいことも起きた。


村の広場で、

何人かが話していた。


笑い声もしていて、

雰囲気はやわらかかった。


私が近づくと、

ひとりが先にこちらに気づいた。


その瞬間、

会話が止まった。


不自然なくらい、

きれいに止まった。


皆いっせいにこちらを見る。


それから少し遅れて、

同じような笑みを浮かべる。


「雛様」

「こんにちは」


揃いすぎた声だった。


私は曖昧に笑い返して、

少しだけ話そうとした。


でも、

誰も次の言葉を出さない。


まるで、

私がここにいるあいだは、

何を話していいのか決まっていないみたいに。


居づらくなって、

私のほうからその場を離れた。


背中を向けてしばらくしてから、

また笑い声が聞こえた。


でもそれは、

さっきまでのものより

少しだけ低く、

少しだけよそよそしく聞こえた。


その夜。


縁側で、

私は何も言わずに座っていた。


キクが隣に来る。


いつも通り、

やわらかい気配だった。


「どうしたの?」


そう言って、

キクが私の髪を指で梳く。


私は少し迷ってから、

ぽつりと言った。


「……なんか、最近」


「うん」


「みんな、あんまり近くに来なくなった気がする」


キクの手は止まらなかった。


「そう?」


「……うん。

話してはくれるけど、

前みたいじゃないっていうか……」


言葉にしてしまうと、

急にそれがみじめなことみたいに思えてきた。


私は少し笑って誤魔化そうとした。


「気のせいかもしれないけど」


キクは、

私の耳にかかった髪をそっと払って、

静かに言った。


「気のせいじゃないかもね」


その答えが思ったよりあっさりしていて、

私は思わずキクを見た。


キクは微笑んでいる。


怒ってもいないし、

困ってもいない。

ただ、落ち着いていた。


「ヒナは少し無防備だから」


やさしい声だった。


「みんな、ちゃんと距離を覚えたんだよ。

それだけ」


その言い方が、

妙に胸に引っかかった。


距離を覚えた。


まるで、

誰かが教えたみたいな言い方だったから。


「……教えたの?」


気づけば、そう訊いていた。


キクは一瞬だけ目を細めた。


でも、

すぐにいつもの顔に戻る。


「少しだけ」


あまりにも自然に言う。


「だって、ヒナが困ると嫌だから」


私は何も返せなかった。


キクの指が、

髪から頬へ降りてくる。


「近すぎるの、嫌でしょう?」


その声は、

私の答えを待っていないみたいだった。


私はすぐには首を振れなかった。


嫌なこともあった。

落ち着かないこともあった。


でも、

だからって。


村の人たちが、

あんなふうに私を避けるのは。


「……そこまでじゃ、ないよ」


やっとそう言うと、

キクは少しだけ首を傾げた。


「そう?」


小さく笑う。


「でも、ヒナは優しいから。

嫌でも、嫌って言えないでしょ」


その言葉に、

なぜか胸の奥が冷えた。


言い返せないままいると、

キクが私の肩にそっと寄りかかる。


「大丈夫」


安心させるみたいに、

静かな声で言った。


「ヒナを困らせるものは、

私がちゃんと遠ざけるから」


その手つきは、

いつもと同じようにやさしかった。

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