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雛代の箱庭  作者: N


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18/25

18話

私はキクの膝枕で横になっていた。キクは私の頭を撫でながらたまに髪をいじる。


「ねえ、キク。たまには外を見たくない?」

できるだけ軽く言った。


キクは瞬きを一つして、笑った。

でもその笑みは、目に届いていなかった。


「どうしたの?そんなことを言うなんて……私だけじゃ、不満?」


私が返事を探している間に、キクは指先を私の耳の後ろへ滑らせた。

くすぐったくて声が漏れる。


「ヒナ」

名前を呼ぶだけで、喉の奥がほどけてしまう。

「……私たちが初めて会った日のこと、覚えてる?」


キクは嬉しそうに言って、私の髪を指に巻きつけた。

指輪みたいに。


「ヒナが、私を見つけてくれた日」


——見つけた。

その言い方が、胸の奥を小さく痛くする。


「違うよ。私は、キクを殺したの」


キクは笑ったまま言った。

笑うのに、瞳が揺れない。


「違うよ。ヒナが“助けた”日」


そして、私の前髪をそっとよけて、眉間に口づけを落とす。

触れるだけ。羽みたいに軽いのに、そこだけ熱が残る。


「どちらにしても、私、死んでた」

キクの指が、私の髪をゆっくり梳く。

一束ずつ丁寧に、絡まりを解くみたいに。

「ヒナがあんな世界から救ってくれたんだよ」


キクは私の指先を掬って、掌に乗せる。

自分の頬へ当てて、目を細めた。


「外は嫌い」


囁く。

「外はヒナを傷つける。

それなのに外に行きたいなんて……疲れてるんだよ」


キクは私の額に、もう一度、唇を落とした。

今度は少しだけ長く。

安心させるみたいに。


「休んで。私が全部やるから」


そして、笑う。

「私、ヒナのためならなんでもするよ?」


キクの指が、私の手の甲をなぞる。

それから指を絡め、指の隙間を埋める。


「ヒナは頑張ったもんね。

雛代が流されるようになってから……もうすぐ百年」


キクは昔話みたいに言った。

まるで“私たちだけが知ってる昔話”を、二人きりの部屋で分け合うみたいに。


「ヒナが村を“終わらせて”くれたおかげで、流れてくる子もいなくなった」


その言い方が、私の胸を冷たくした。


「それにヒナは、私の世界を作ってくれた」


キクは私の手を取って、また自分の頬に当てた。

頬骨のあたりが、ほんのり温かい。

その温度を確かめるみたいに、キクは目を細める。


「私にとってヒナは……神様だよ」

声はやわらかいのに、言い切るところだけ迷わない。

「私を見つけてくれた。

この世でたった一人。

私を愛してくれる人。」


キクは私の指先に口づけをして、

そのまま、指先をそっと咥えた。

噛まない。痛くない。

ただ、離れない。

舌がくすぐったい。


私は唇を開いた。

でも言葉より先に、川音が喉の奥で鳴った。

——最近、糸が勝手に張る。ほどけない。

指の温度のせいで、余計に気づいてしまう。


「……でも」

やっと声にする。

「このまま何もない生活を続けたら、死んでくの。

ゆっくり消えて、なくなる。

私たちだけじゃ……限界がある」


しばらく無言の時間が流れた。

キクは指から口を離し、私の頭を撫でた。

優しくて、丁寧だった。

撫でられるたび、私の心の角が丸くなっていく。


「いいよ」


キクは微笑んだ。

まるで私の怖さごと抱きしめるみたいに。


「消えても」


そして囁く。

唇が耳のすぐそばに触れる距離で。


「だって、消えるなら二人一緒がいい」

キクの指が、私の指を一本ずつ絡め取る。

ほどけない形を作るみたいに。


「ヒナは、嫌?」


私はすぐに答えられなかった。


「私は……死ぬのが怖い」

口にした瞬間、喉が痛んだ。

「一度死んだのにね……。二回目は……どうなるんだろうって思うと、切なくなるの。一度死んだ人の魂は見えるのに、二度死んだ人は何も見えなくなる」


「大丈夫」

キクは即座に言って、握る手に力を込める。

温度を渡すみたいに、強く。

「怖くないよ。ずっと手を握っててあげる」


私はその手を、握り返した。……握り返してしまった。


「私……もっと、いろんな世界を見たいの」

小さな声で言う。

「私の知らない遊びをしてみたい……消えたくないよ……」


キクの撫でる手が、一拍だけ止まった。

それから、何事もなかったみたいに、また動き出し、手が頭の上に乗る。


「うん」

キクは微笑んだ。

「ここで、見よう。

ヒナの知らない世界、私が作ってあげる」


囁きが甘いほど、私の背中に糸が張った。

「外じゃなくていい。外はヒナを傷つけるから」


「……キクに、できるの?」

私は軽く言ったつもりだった。

「キクは、ウメみたいに……祭事でみんなを楽しませられる?」


キクの指が、私の髪の途中で止まる。

一拍、

それから、ゆっくり撫で直した。


「ヒナは」

キクは微笑んだまま言う。

「私が、邪魔?」


その言い方が、胸の奥をきゅっと締めた。


「そんなことない」

私はすぐに言った。早すぎるくらいに。

「……私も、ウメみたいにはできないって分かってる」


「うん」


キクは嬉しそうに頷いた。

まるで“正解”をもらったみたいに。


「でも、楽しかったんだ」

私は言葉を探しながら続ける。

「世界には、まだ知らないことがたくさんあるって思って……毎日、新しいことを知れて……」


私が喋っている間も、キクの手は止まらない。


「だからね」

キクは私の髪を指に巻き、ほどいて、また巻いた。

その仕草が、優しいのに、繰り返しの呪いみたいだった。

「協力してほしいの。一人じゃできないことも、二人ならできるかもしれないでしょ?」


また無言の時間が流れた。

その間もキクの手は止まらない。

撫でるたび、私の言葉の角が丸くなっていく。

怖さも、迷いも、丸くされてしまう。


「……いいよ」

キクは微笑んだ。

「ヒナがそこまで言うなら、私も手伝う。ヒナのためならなんだってするよ。」


それから、声を落とす。

「でも、ヒナのそばで…二人で、ね」


「ありがとう……二人で頑張ろうね」


私は体を起こして、キクに口づけをした。

キクは受け入れて、私の唇が離れる前に、もう一度だけ奪い返す。

深くはない。けれど、返事としては十分すぎるくらい確かで。

息が混ざって、私の心臓が一拍遅れる。


「一緒に、ヒナの理想の世界を作ろうね」


キクは頷いて、まだ近い距離のまま囁く。


「約束して…。もし、消えるなら二人一緒に…だからね」

 

キクはそう言って私を抱きしめる。

 

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