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雛代の箱庭  作者: N


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15/25

15話

キクの愛を“刃”にしてしまった。


「外にいた頃も、ずっと同じだったんだよ」


炎の向こうを見ながら、ぽつりと続ける。


「人が笑ってるのを遠くから見てた。

楽しそうだなって思って……でも、入れなかった」


指先が震えていた。

それでも、止めようとはしていない。


「近づこうとするとね、すぐ分かるの。

“この人たち、そのうち誰かを外に出すな”って」


私は言葉を失った。


「順番が来るだけなんだよ。

 遅いか早いか、それだけ」


炎が、ぱち、と弾けた。


「だから、混ざらなかった。

混ざったら、追い出される側になるって分かってたから」


キクはそこで、やっと私を見る。


「でも、ヒナは違った」


その目だけが、異様に静かだった。


「ヒナは、最初から“外”にいた。

私と同じ場所にいた」


喉の奥が詰まる。


「ここで、景色をくれたとき……思ったの」


小さく笑う。


「やっと終わったって、

 もう、誰にも取られないって」


キクが囁いた。


「ねえ、ヒナもやろうよ。……あの村、燃やそ」


あまりにも静かな声だった。


怒っているようには聞こえない。

憎んでいるようでもない。


ただ、

優しく諭すみたいな響きだった。


「このままあの村が残り続ける限り、

 私たちみたいな子が生まれる」


キクは続ける。


「怖かったよね」


その一言で胸の奥が揺れた。


「箱の中、暗くてさ。

 水が入ってきて……息できなくなるの、分かってるのに、どうにもできなくて」


思い出そうとしていないのに、

勝手にあのときの感覚が戻ってくる。


硬く締められた帯。

動かない蓋。

耳の奥まで満ちる水音。


「もうあんな思いする子、いらないよ」


キクの手が、そっと私の袖を掴んだ。


強くない。

でも、逃がさない掴み方だった。


「終わらせてあげよう」


——終わらせる。


壊す、じゃない。

復讐、でもない。


“終わらせる”。


その言葉がやけに優しく聞こえた。


私の胸の奥で、昔の景色がほどけた。


病弱で、静かで、

邪魔者みたいに扱われていた日々。


言葉では言わないのに、

目だけが刺してくる。


——居場所がなくて息が浅かった。


それが、生贄に選ばれた途端に変わった。


皆が笑って、

皆が優しくて、

皆が私を褒めてくれた。


何も知らなかった私は、嬉しかった。


……でも。


胸の奥のどこかが、ずっと腹を立てていた。

急に皆が手のひらを返したように振る舞って、今までの扱いがなかったようになっているのが。


狭い箱に閉じ込められて。

水に、殺される。あの恐怖を。


たぶん、それをキクも。ウメも。

これから生まれる雛代の子たちも。


同じように味わう。


私は炎を見た。


揺れているだけの火なのに、

なぜか、それが正しいものに思えた。


これで、終わるなら。


これで、誰も流されなくなるなら。


キクが、もう怖がらなくていいなら。


「……うん」


声が出た。


「やるよ、私」


それを聞いた瞬間、キクの表情が動いた。


まるで、ずっと止めていた呼吸を、

やっと取り戻したみたいに。


安心した顔だった。


——ああ。


私は思った。


これは、間違いなんかじゃない。


これはきっと、

助けるためのことなんだ。


そう、信じた。


キクは箱庭の外に干渉できないけど、私はできる。厄を鎮めるため山神に捧げた私と、お金のために形式だけは繕って捧げたキクとの違いか、それとも儀式の途中で私が殺したからか分からないけど。


私が糸を引いたとき、山が応えた。


遠い轟き。

川が濁り、土が滑る。

村の灯りが、ひとつ、またひとつと消えていった。

村は土砂に沈んだ。


……息が、ほんの少しだけ楽になった。

「これで終わる」

その言葉が胸の奥で形になりかけて、私はそれに縋りそうになる。


でも次の瞬間、気づく。

私は“終わらせてあげた”という言葉の下で、確かに殺した。

燃やすより、手が汚れないと思った。

火じゃなくて土砂なら自然のせいにできる、と。


私のやったことなのに。

私が糸を引いたのに。

「山が怒った」なんて、誰かの言葉みたいにしてしまえる。

その卑怯さが、静かに、骨みたいに折れていった。


泣き声、叫び、祈り。

どれも、川へ流れ込んでくる。


「……私は、卑怯だ」


「そんなことないよ」

キクは私の背に腕を回して、離さなかった。

「ヒナは頑張った。ヒナのおかげで、苦しむ人はいなくなる」


そして聞こえないくらいの小さい声で言う。

「これで、二人だね……」


聞き返すことはせずに私は

キクを箱庭に残し、川へ歩いた。

 

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