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雛代の箱庭  作者: N


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10/25

10話


 次の日、私は誰も住んでいない家々の近くで、指先から細い糸を伸ばしていた。


白く見えないそれは、川の気配を探るように、箱庭の外へ、外へと静かにほどけていく。


本当は、箱庭から出て外へ出たほうが早い。

川のそばに立って、流れてくるものを直接追ったほうが、ずっと分かりやすい。


でも、そうしなかった。


少し時間がかかっても、箱庭の中から探したかった。

後ろに人の気配があるほうが、ひとりで追うよりずっと落ち着いたからだ。


「ねえ、どんな子かな」


後ろでウメが弾んだ声を出す。


「やっぱり年下かな。小さい子だと最初こわいかもしれないし、優しくしなきゃだよね」


「そうかもね」


私が答えると、ウメはすぐにまた続けた。


「でも、お姉さんっぽい子もいいなあ。落ち着いてて、何でも知ってる感じの人」


思わず少しだけ笑う。


「そんな子、いるかな」


「いるよ、きっと。あと、かっこいい人とか」


そのとき、後ろで衣擦れの音がした。


「ウメ」


キクの声だった。


「あんまり騒ぐと、ヒナ集中できないよ」


「だって楽しみだもん」


けろっと返すウメの声に、私は小さく息をついた。

二人の声が後ろにあるだけで、胸の奥の薄い不安が少し静かになる。


「ヒナ、どう?」


キクが聞いてくる。


私は目を閉じ、糸の先に触れるものを探した。

遠く、かすかな冷たさが引っかかる。


「……まだ、はっきりしない」


「そっかあ」


残念そうに言いながらも、ウメの声はどこか楽しそうだった。


そのすぐあと、キクの気配が少し近づいた。

何も言わず、ただ私の少し後ろに立つ。

近すぎなくて、でも、ひとりじゃないと分かる距離だった。


「急がなくていいよ」


やわらかい声が落ちる。


「うん」


私はもう一度だけ糸を外へ伸ばした。


見つけたいと思う。

でもそれと同じくらい、ずっとこうしていたいとも思っていた。


それから、少しずつ人が増えた。


最初はひとり。

次は、しばらく間が空いてまたひとり。


怖がって泣く子もいたし、何も言わずに辺りを見る子もいた。

ここがどこなのか分からなくて、足元ばかり見ている子もいた。


そのたびに、私たちは名前を聞いた。

怖くないように話しかけて、安心できる場所を作って、少しずつ景色を増やした。


白かった場所には道が伸び、家が増え、灯りがともるようになった。

誰かの記憶の花が咲き、誰かの知っている歌が流れる。


気づけば箱庭は、前よりずっと賑やかになっていた。


その賑やかさの中で、私は“暮らす”ということを少しずつ覚えていった。


ある日の昼下がり、ウメが言い出した。


「今日はお店やろうよ」


その一言で、道の脇には小さな店がいくつも並んだ。

花を並べる子、白い布を畳む子、丸い木の実で団子の真似をする子。

誰かが石を集めて「お金」にし始めると、みんな本気になった。


「ヒナはどうする?」


振り向いたウメに、私は少し考えてから答える。


「……分からない」


正直に言うと、みんなが笑った。

馬鹿にしているんじゃない。やわらかく、楽しそうに。


「じゃあ、お客さん役ね」


「なんで」


「知らない人がいちばん向いてるから」


結局、私はあちこちの店を回ることになった。


「これ、どうですか」

「じゃあ、これください」

「はい、おだんご三つ!」


言われるままに受け取って、言われた通りに食べるふりをすると、なぜか周りが拍手した。


「ヒナ、ちゃんとしてる!」

「えらい!」

「お客さん上手!」


「上手ってなに」


思わず笑うと、みんなもつられて笑った。


私は気づけば、ずっと笑っていた。


うまくできなくても幻滅されなくて、失敗しても一緒に面白がってもらえることが、まだ少し不思議だった。


その日の終わり、家の縁側に座って石のお金を膝の上に並べていると、反対側から手が伸びてきた。


何も言わず、キクが私の膝の上の石をひとつ取る。


「これは払いすぎ」


「え?」


「お団子三つで石五つは多いよ」


あまりに真面目に言うから、ウメが吹き出した。


「なにそれ、気にしてたの?」


「一つにつき一個でしょ?」


キクは平然としている。


「ヒナ、言われるまま全部払ってたから」


「だって、分からなかったし……」


言い返すと、キクは少しだけ目を細めた。


それが妙に可笑しくて、私は肩の力を抜いた。


人が増えるたび、箱庭は少しずつ“居場所”になっていった。


家と家の間を声が行き交う。

笑う声、呼ぶ声、少し怒る声、眠そうな声。

何もなかった白い場所に、そんな音が重なるなんて、最初は想像もしていなかった。


ある晩、みんなで布団を敷いていると、ウメが笑って言った。


「なんか、ほんとに暮らしてるみたいだね」


「みたいじゃなくて、暮らしてるんじゃない?」


誰かが返して、また笑いが起こる。


私もつられて笑った。


ふと視線を上げると、少し離れたところでキクが布団の端を整えていた。

顔は穏やかだった。手つきもいつも通り丁寧だった。


でも、にぎやかな輪の真ん中には入らず、少しだけ外れた位置にいるように見えた。


私はその違和感に名前をつけられなかった。

ただ、明るい声が重なる中で、キクのいるところだけ空気が少し静かだと感じた。


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