#05. 信頼、そして結末。
カメル・フォン・ダールド・ハーメルンがエルナ・オルテンスを初めて見たのは、彼女が五歳くらいの頃だった。
貴族はどれほど幼くとも社交の場が開かれるものであり、社交場に出なければならないのは王太子であるカメルも同じだった。
幼いエルナは貴族の子息・子女が多く集まった宴会場でもひときわ目を引く子供だった。
大陸の北側に位置するハーメルンでは珍しい長い髪、父親であるオルテンス公爵を生き写したかのような黄金色の瞳は神秘的な光を放っていた。
猛禽類の瞳のようだと一部では蔑まれる金眼だが、色素の薄い王国の中で強烈な色を放つ彼女を、カメルは初めて会ったその瞬間から恋い慕ってきた。
幸い、エルナは公爵令嬢。王太子妃として遜色のない血統だった。
王太子妃としてエルナの内定が決まった時、カメルは世界のすべてに感謝した。
エルナが自分を見て頬を赤らめてくれた時、自分が王太子で本当によかったと心から思った。
王位へと向かう道がどれほど険しくとも、国王としての人生が思い通りにならなくとも、エルナと一緒なら何でも成し遂げられるはずだと信じていたからだ。
エルナと一緒に歩んできたすべての時間は喜びと幸せだった。
ハーメルンはこの先もずっと平和でいられるものだと思っていた。その幸せに暗雲が立ち込めたのは、カメルが十八歳。成人した頃のことだった。
永久凍土の地があるハーメルンは、肥沃な大地を持つ他の国々に比べ、魔獣の被害が少なかった。
しかし、ハーメルンの隣国であり大陸内で最も肥沃な領土を持っていると言われるスピニア王国がスタンピードによって滅亡した。
魔獣の防壁となってくれていたスピニアの領土は一瞬にして魔獣のものとなり、スピニア王国から食料を輸入していたハーメルンは二重の打撃を受けることになった。
数多くの騎士や魔導兵が魔獣討伐に乗り出し、カメルも王太子として魔獣討伐の先頭に立った。
まだ幼かったエルナもまた、国民を守るのは王妃の責務だと言い、幼い年齢ながら魔導兵として討伐軍の先頭を指揮した。
魔獣との戦いは長く執拗だったが、二年という歳月をかけてハーメルンは魔獣の攻撃をかろうじて防ぎきることができた。
奪われたスピニアの領土の一部を奪還し、討伐戦争は一段落した。
しかし、まだ奪われたままのスピニアの領土があまりにも多く、領地に巣食う魔物の数はさらに多かった。
やむを得ず当時の国王はアマリア神聖王国に支援を要請し、大陸の危機を感じた神聖王国の国王が、王女であり歴代最高の聖女と謳われるセレン王女をハーメルンに派遣した。
セレンのもたらす神聖魔法と浄化の力は実にすさまじいものだった。セレンはか弱い少女の身でありながらハーメルン全体を包み込む防壁を築き、汚染された土地を浄化していった。
セレンは少し傲慢で我が強い気質があったが、他者を不快にさせるほどではなかった。
むしろ、一人の力で数多くの魔獣を食い止める大業を成し遂げるセレンだからこそ、誰もが彼女のわがままを甘えとして受け止めてくれた。
セレンがカメルを恋い慕っていることは、初対面の時から分かっていた。神聖魔法の宿る虹色の瞳に熱気が滲むのは、決まってカメルと会う時だけだったからだ。
しかし、カメルが愛していたのはエルナだ。エルナのほかに彼の心に入り込める者などいなかった。
それでも、カメルはセレンを邪険に扱うことができなかった。セレンがいなくなれば、数多くの騎士や魔法使いが再び戦場に赴かなければならない。エルナもまた最前線に立ち、魔獣と戦うことになる。
カメルは何よりも、エルナが危険にさらされることに耐えられなかった。
だからこそ、エルナに向けられる嫌がらせを見過ごした。
嫌がらせと言っても、わずかな冷遇やささやかな冷笑程度にすぎない。公爵令嬢であり王太子妃候補を軽んじることのできる者などいなかったからだ。
耐えてくれると信じていた。
カメルが愛しているのはエルナだけなのだから。エルナもカメルを愛しているのだから。ささやかな悪ふざけくらいは目をつぶってくれるものだと思っていた。
年が経つにつれて、カメルに対するセレンの感情は深まっていった。それと同時に、エルナに向けられる嫌がらせも激しさを増していった。
だが、まだ笑ってやり過ごせる水準だった。エルナが受けた被害といえば「非常に些細な」程度だ。命を懸けて魔獣と戦っていたことに比べれば、悪ふざけにすぎないのではないか?
エルナなら、いつだって思慮深く、カメルの期待を遥かに超えていく彼女なら、大したことではないと笑い飛ばしてくれるはずだ。
「エルナ王妃。君に失望した。聖女を陥れていじめるとはな。王妃としての権威はいったいどこへ行ったのだ?」
建国記念の宴会で放った言葉は、一種のパフォーマンスだった。
最近、聖女派貴族たちの勢いが侮りがたくなっていたため、引き締めのために水面下で根回しをしておいた。賢明なエルナなら、このような馬鹿げた罪状を即座に論破し、謀略をめぐらせた聖女派の貴族たちさえも一網打尽にしてくれるものだと思っていた。
エルナはいつだってそうだったからだ。自分を愛しているというカメルの言葉を信じ、彼の力になるために動いてくれたからだ。
だからこそ、その後のエルナの行動に、誰よりもカメル自身が大きく動揺するしかなかった。ひざまずき、地面に頭をこすりつける彼女の姿は信じがたいものだった。
「どうして……? なぜ身に覚えのない罪を認めるんだ? エルナ!!!」
彼女の声が耳によく入ってこなかった。状況が理解できなかった。
せめてもの救いは、このすべての状況を理解できていないのがカメル一人だけではないということだった。
誰もがエルナとセレンの会話に割り込めずにいた。宴会場とは思えないほどの静寂の中、エルナはカメルが一度も聞いたことのない明るい声で結末を告げた。
「すべての貴族が集まった場で断罪されるということは、私に王妃の資格がないことを示唆されているのでしょうから、これ以上こんなものは必要ありませんね」
「待て、エルナ王妃。それは……」
カメルが自らの手で被せた彼女の王冠が、セレンへと投げ捨てられた。頭の中に浮かんだ数々の疑問がその瞬間ですべて断ち切られた。
王妃の座に微塵の未練もないかのように、エルナは軽やかな足取りで宴会場を去ろうとした。
だめだ。今、逃してはならない。頭の中で誰かが自分に向けて叫んでいた。エルナを捕まえなければならない。そうでなければ――。
「不快でわずらわしい」
胸を貫くように響いたエルナの言葉に、カメルは動くことができなかった。
彼がプレゼントした手袋を、装飾品を、靴を。まるでカメル自身に対して何の未練もないかのように放り投げたエルナの足取りは、誰よりも軽やかに見えた。




