#41. エルケの子どもたち。
幼い子ども特有の高い声が聞こえてきて、エルナの視線は声のした方向へと向けられた。大きな木の陰に立っているのは、七、八歳ほどに見える幼い子どもたちだった。
柔らかそうな栗色の髪と、大きくて黒い瞳が愛らしい印象を与えていた。
(きょうだいかしら? いいえ、双子?)
子どもたちは髪の長さに違いがあるだけで、顔立ちが実によく似ていた。エルケーレを見て恐怖に怯えているのか、全身の毛が思いきり逆立っていた。
エルナは双子を、正確には双子のうち後ろに立つ子を見つめながら目を細めた。その子の腕の中に、見覚えのあるバッグが見えたからだ。
エルケーレの上からひらりと飛び降りたエルナがエルケーレの方へ視線を向けると、エルケーレは身体を小さくしてエルナの肩へと飛び乗った。
エルケーレの身体が小さくなったものの、恐怖に引きつった子どもたちの表情に変化はなかった。エルナはしばし考えた後、グレンに尋ねた。
「グレン。あの子たちにバッグを返してほしいって頼んだら、素直に渡してくれるかしら?」
「どうでしょうか。褐兎族は非常に好戦的な上に貪欲ですので……」
「ふむ……それじゃあ、何で交渉するのがいいのかな。できれば話し合いで解決したいんだけど」
腕を組んだエルナの金色の瞳が褐兎族の子どもたちに向けられると、子どもたちの肩がビクッと跳ねた。
まだ幼い子どもたちだし、甘いものがいいかしら?
それとも無難にお金? 獣人だから、もっと特別な何かを望むかもしれない。ひとまずバッグを取り戻せたら、お礼を渡すこと自体は難しくないのだけれど……。
交渉の札を頭の中で思い浮かべながら、エルナが子どもたちへと一歩近づき、声をかけた。その瞬間だった。
「こんにちは。私はあなたが持っているバッグの持ち主なの。よかったらそのバッグを……」
「ぬ、盗んだんじゃないです!!!!!」
……は?
エルナの言葉が終わるよりも早く、ふたりの子どもがエルナの前へと駆け寄ると、その場にひざまずいた。子どもの突発的な行動に、エルナの瞳가大きく開かれた。
「え、えっ? あ、あの……?」
「信じてください! 本当に盗もうとしたんじゃないんです!」
「川、川に流されてきたから、誰かの落とし物だと思って届けてあげようとしたんです!」
子どもたちはガタガタと震える手を差し出し、バッグをエルナへと差し出した。
この子どもたちがバッグを盗んだのではないことくらい、エルナ自身が誰よりもよく分かっていた。だからこそ、交渉を通してバッグを返してもらおうとしていたのではないか。
困惑したエルナが沈黙していると、子どもたちはたどたどしく言葉を続けた。
「お、お願いです。私たちをこのまま行かせてください。わ、私たちまで動けなくなったら、村が……」
(村?)
そういえば、この子どもたちはどこから来たのだろう。
自分たちはエルケーレに乗ってどこまでやって来たのだろうか。エルナの視線がグレンへと向かうと、グレンはエルナに近づき、小さくささやいた。
「エルケーレに乗って移動したため確実ではありませんが、この子どもたちはエルケの住民ではないかと思います」
「昨日まではコルの入り口あたりにいたわよね? エルケまでは徒歩で一週間ほどかかるんじゃなかった?」
「私たちが呑み込まれた川は、コル地方を包み込むように流れています。川に流された上にエルケーレにも乗りましたからね。徒歩よりも遥かに早く到着したようです」
「なるほど……」
一理ある。意図せず川に落ちてしまったわけだが、目的地まで早く来られたのだからむしろ好都合……。
(……というわけでもないわね)
昨日起きた一連の出来事が思い出され、再び顔がカッと熱くなった。エルナは思考を逸らすために視線を巡らせ、子どもたちを見つめた。
そしてひざまずいている子どもたちと目を合わせながら言った。
「顔を上げてください。ふたりがバッグを盗んでいないことは分かっています。危害を加えないと約束しますから、顔を上げてくださいな」
「……」
エルナの言葉にも、子どもたちは顔を上げようとしなかった。
(参ったわね……)
困ったことになった。
そもそも、この子どもたちはどうしてここまでへりくだった態度を取るのだろうか? バッグを持っているのだから、交渉で優位に立っているのはエルナではなく子どもたちのほうであるはずなのに。
困惑した顔で子どもたちをしばらく見つめていたエルナは、良い案を思いつくとバッグを持ち上げて肩にかけた。
エルナがバッグを持っていくと、子どもたちの口から安堵のため息が漏れた。バッグを開けて必要なものを取り出したエルナは、両手を握りしめたまま子どもたちへと差し出した。
エルナの行動に、子どもたちは不思議そうな顔でエルナを見つめた。そこでようやく子どもたちと視線が合い、エルナは唇の端をキュッと持ち上げた。
「ふたりとも。甘いものは好きかしら?」
「えっ?」
「これはバッグを拾ってくれたお礼よ。すごく美味しいの」
エルナが握っていた手を開くと、高級感のある包装紙に包まれたチョコレートが両手いっぱいに現れた。子どもたちの目が丸くなった。
「こ、これは……」
「チョコレートよ。左手にあるのはラズベリーミルクチョコレート。右手にあるのはダークシナモンチョコレート。貴族でもなかなか口にできない有名なブランドのものなの」
エルナの言葉に、子どもたちの瞳が揺れた。ゴクリと唾を呑み込むのが露骨なほどハッキリと見て取れた。
「あ、あの。これ、私たちが食べてもいいんですか……?」
「もちろんでしょう。言ったじゃない、バッグを拾ってくれたお礼だって」
「本当に食べていいの?」
エルナは返事の代わりに、子どもたちの目の前でチョコレートをポロポロと落とした。するとふたりの子どもは慌てて落ちてくるチョコレートを受け止めた。
「あ、ありがとうございます、冒険者様」
「感謝しなければいけないのは私たちの方よ。そうでしょう、グレン?」
「ええ。おふたりのおかげで、無事に荷物を取り戻すことができました。ありがとうございます」
グレンが深く頭を下げてお礼を言うと、子どもたちは気圧されながらもうなずいた。
「い、いいえ。魚を捕まえていて、たまたま拾っただけですから」
子どもたちはエルナからもらったチョコレートを大切そうに自分たちのバッグの中へしまい込みながら答えた。
(チョコレートを食べずにバッグにしまうなんて……ふむ)
目を細めて子どもたちの行動を見つめていたエルナは、子どもたちが警戒しないよう、できる限り柔らかい声で言葉を続けた。
「私の名前はエルナ。そしてこの人はグレンよ。差し支えなければ、ふたりの名前を教えてもらえるかしら?」
「僕はマクラーレンです」
「私はミリアです」
「よろしくね、マクラーレン。それからミリア。私たちは青雄族の族長、タルー様のご依頼で、エルケの村へ補給品を届けに来た冒険者なの。もしかしてふたりは、エルケの住民なのかしら?」




