#40. 失くした荷物を探して。
名前も知らぬ鳥のさえずりが聞こえた。閉じていた目を開けたエルナは、ぼんやりとした顔で周囲を見渡した。
初めて見る見知らぬ洞窟。
開いた穴からは、あたたかな朝の光が差し込んでいた。
(ここは……どこかしら? それになんでこんなに肩が重い……)
ひときわずっしりと重い肩に顔を向けると、視界いっぱいに眠るグレンの顔が飛び込んできた。
ほんの少し動くだけで鼻先が触れそうな距離感に、続いていた思考が途切れてしまった。
反射的に立ち上がろうとしたエルナだったが、グレンの瞼の下に黒い影が落ちているのを見て動きを止めた。
(そういえば昨日……)
途切れ途切れだった記憶が、ひとつ、またひとつと思い出され始めた。
グレンと会話している途中で緊張が解け、エルナはそのまま彼の腕の中で眠ってしまったらしい。
エルナが起きないよう、ずっと不寝番をしてくれていたのだろうか。
(起こしてくれればよかったのに)
昨日も今日も。一体どれだけグレンに迷惑をかければ気が済むのだろう。
(私こそがグレンを守らなきゃいけない立場なのに。もう少ししっかり行動しなきゃ)
グレンに甘えてばかりいるようで申し訳なくなった。
気持ちとしては今すぐにでも服を着に行きたかったが、もう少しだけ眠らせてあげるほうがいいのかもしれない。
エルナは彼を起こさないよう注意しながら、そっとグレンの顔にかかった髪を撫で上げた。
その時、固く閉じられていたグレンの瞼がゆっくりと開いた。眠気に苛まれ、少し霞んだ赤い瞳がエルナの金色の瞳と交わった。
「……エルナ?」
「あっ、ごめんね、グレン。起こしちゃった?」
「いいえ、滅相もありません。不寝番をしていたはずなのですが……眠ってしまったのですね。申し訳ありません」
言葉ではそう言いながらも、グレンはそのままエルナの肩に顔をうずめた。
いつ眠りについたのかは分からないが、随分と疲れているようだ。
一度起きてしまったのだから、もう少し楽な姿勢で寝かせてあげたほうがよさそうだ。
エルナはグレンの肩を軽く揺らしながら言った。
「グレン、グレン。その姿勢で寝たら身体が痛くなるよ。もっと楽に寝たほうがいいって」
「いいえ、起きます。ですが……もう少しだけこのままで……」
「んー……それじゃあ、お洋服を着てもいいかな? ずっと裸のままでいるのは、すごく恥ずかしいの」
モゴモゴと続いたエルナの言葉に、グレンの耳がピクリと跳ねた。
弾かれたように顔を上げたグレンの顔は、エルナよりも真っ赤に染まっていた。
「ぐ、グレン? どうしたの?」
「あ、あの。その……も、申し訳ありません! 私が眠気にかまけてその……あ、そうではなくて。め、目を閉じますから、楽に着替えて……いえ、その……」
どれほど狼狽しているのか、まともに言葉も紡げないグレンを見ていると、自然と笑みがこぼれた。
目を閉じると口にしながらもエルナと視線を合わせ続けているのは、自分が何を言っているのかすら分かっていないのだろうか。
クスリと笑いを漏らしたエルナは、グレンの目に自分の手を添えた。
「グレン、目を閉じなきゃ。それから、肩を抱いてる腕も下ろしてくれると嬉しいな」
「あ! あ、はい。申し訳ありません!」
そこでようやく抱擁を解いたグレンは、両手で自分の顔を覆い隠した。
グレンのために素早く服を着たエルナは、解けていた髪まできれいに結い上げた後で、グレンの肩をポンポンと叩いた。
「グレン、着替え終わったよ。もう手を下ろして大丈夫」
「はい、申し訳ありません」
「ふふ、いつまで謝るつもり? そもそもグレンが悪いわけじゃないのに」
「それでもです」
手を下ろしたグレンの顔は、相変わらず赤かった。
グレンがあまりにも恥ずかしがっているせいか、当事者であるエルナのほうがかゆいような恥ずかしさを感じずに済んだ。
「グレン、疲れてるでしょう? もう少し寝なよ」
「いいえ、私は大丈夫ですので、エルナがもっと休まれたほうが良いかと。まだ幻惑鳥の魔力のせいで辛いのでは?」
「えっ? んー……」
グレンの問いかけに、エルナは自分の身体の中を流れる魔力を循環させてみた。
万全のコンディションとは言えないものの、この程度なら動くのに支障はない。
「ううん、私は十分に休めたよ。でも……そうだね。ここで休んでいても不便なだけだわ」
不寝番をしてくれたグレンのためにも、ゆっくり休みやすい環境を作ってあげたい。そのためには、エルナの旅行バッグが絶対に必要だった。
「グレン。じゃあ、まずは荷物を取り戻すほうが良さそうね。休むのはその後にしよう。どう?」
「はい。預かっている補給品もありますから、それが良いかと思います」
グレンが立ち上がるのを確認したエルナは、足を運んで洞窟の外へと出ると、小さく息を整えた。
そしてエルナが手を伸ばすと、エルケーレが彼女の腕へと降り立った。
「エルケーレ、私のバッグが必要なの。探せるかしら? 近いなら案内して、遠いなら持ってきてちょうだい」
エルナの問いかけにエルケーレは顔を上げると、すぐに彼女の腕から降りた。
そして本来の巨大な姿へと戻ったエルケーレは、エルナの前で身体を低くかがめた。
「近い場所にあるみたいね。エルケーレ、グレンも乗せてあげられる?」
エルケーレの透明な瞳がグレンへと向けられたのも束の間、エルケーレは承諾するように頷いた。
「ありがとう、エルケーレ。さあ、それじゃあ行こう、グレン」
「はい」
エルナが先にエルケーレの背へと飛び乗り、グレンに手を伸ばした。
エルナの手を握り返したグレンが乗り込むやいなや、エルケーレは空へと飛び立った。
人間を乗せることを好まないエルケーレだけに、エルナも背に乗ったことは片手で数えるほどしかないが、乗るたびに見える景色は何よりも美しかった。
眩い景色を眺めながら空を遊泳することしばし、エルケーレは徐々に高度を下げていった。
エルケーレがまさに着地しようとした、その直前のことだった。
[きゃ……きゃあああっ!!!!!]
[ミリア!!! 逃げて!!!]




