#39. あなたが傍にいることがわかるように。
守ってやると豪語したのはエルナなのに、グレンを守るどころか彼に助けてもばかりいる自分がとても情けなかった。
こうなる分かっていたなら、過去の記憶をたどったりしなきゃよかった。
(肝心な部分は思い出せないし)
幻惑鳥の歌声を聴いたところまではわかる。
だが、あの歌声からどうやって抜け出したのか、グレンはどうして魔物の歌声から安全でいられたのか、この洞窟の存在をどうやって知って入ってきたのか、一つも分からなかった。
(過ぎ去ったことを後悔してどうする。考えないでおこう)
エルナがため息をつきながらうなだれていると、グレンがエルナの耳元でささやくように尋ねた。
「エルナ、具合が悪いのですか? もう少し密着したほうが……」
「だ、大丈夫だから耳元でささやかないで!」
でなくても身体が密着していて気にかかるのに、耳元でひどく良い声が響くものだから、なおさら気になって落ち着かない。
(余計に声だけ良くてさ!)
続いていた思考を断ち切ると、再び現実のことが気になって仕方がなくなった。どうやら意識を別のことに向けたほうがよさそうだ。
エルナが赤らんだ顔に手をあててパタパタと仰ぎながら言った。
「グレン、身体は十分に温まったから気にしなくていいよ。むしろ暑いくらいだし」
「まだ身体が冷えていらっしゃいますが……」
「に、人族はこのくらいの体温なの! それより、魔物! 幻惑鳥って言ったっけ? グレンはどうして歌声が聞こえなかったの?」
「幻惑鳥は、一定水準以上の魔力を持つ者たちのみをターゲットに定めます」
それに続くグレンの説明はこうだった。幻惑鳥の歌声は、ターゲットにされた人にしか聞こえない。
歌を聴いた人がその声に反応した瞬間、声に溶け込んだ魔力がターゲットに浸透し、幻惑されて自ら幻惑鳥に身を委ねることになるのだと。
「歌声を聴いても反応しなければ問題ありませんでしたが……」
「ごめん。歌声で幻惑する魔物は見たことがなかったから」
スタンピードが発生すると、数多くの魔物がダンジョンから大挙して出没する。その中には新種の魔物も少なくないため、エルナは一般の人々よりも魔物についてよく知っていると自負している。
そんなエルナでさえ初めて目にする個体だ。
(獣人大陸と人族大陸では、魔物にも違いがあるのかな? そんな話は聞いたことがないけど)
あるいは、コルで生成されたダンジョンから現れた新種なのだろうか。もしそうなら――。
「ねえ、グレン。グレンはどうして幻惑鳥のことを知っているの? 獣人大陸ではありふれた個体なの?」
「珍しくはありません。まだ軍にいた頃に一度だけ見たことがあるため、記憶していただけです」
「軍にいた頃……」
「はい。その時もコルの近隣にダンジョンが生成され、関連する魔物の討伐をおこないました。コル地方のダンジョンから現れた個体ではないかと思います」
「なるほど」
近しい地域で生成されるダンジョンには似たような魔物が現れると、本で読んだ記憶があった。
「こうなるって分かっていたなら、事前にグレンに聞いておくべきだったね。ごめんね、苦労をかけちゃって」
「とんでもないです、エルナ。私の方こそ申し訳ありません。もう少し注意深くお伝えしておけばよかったのですが……」
言い終えたグレンが、エルナの肩に顔をうずめた。絹糸のように細く柔らかい彼の白い髪が首筋に触れると、思わず肩がピクリと跳ねた。
「私がもう少し強ければ、エルナをお守りできたはずなのに。お守りできず申し訳ありません。私は本当に無力ですね」
(この話、絶対首筋に顔をうずめたまましなきゃいけないわけ?!)
今日に限ってやけにグレンとの距離が近い。一体どうしたというんだ?
やっとの思いで落ち着かせた顔が、再び真っ赤に熱を帯びた。エルナは必死に平穏を保ちながら言った。
「そ、そんなことないよ。グレンがいなかったら、私、水の中で溺れ死んでたし。だからそんなに自分を責めないで」
「エルナ……ありがとうございます」
「う、うん。そうだね、私こそありがとう。だから、ちょっと離れてくれないかな? 私、すごく恥ずかしいの」
「申し訳ありません。すぐに離れますから、ほんのもう少しだけ……このようにさせていただけますか?」
「グレン? どうしたの?」
エルナを抱きしめるグレンの声が震えていた。
驚いたエルナがグレンを見上げながら尋ねたが、グレンは顔を上げず、苦しそうな声で言った。
「エルナが水の中に飲み込まれた瞬間、息が止まるかと思いました。もしエルナを救えなかったらと考えて……」
「あ……」
どうやらものすごく心配をかけてしまったらしい。
(そういえば今のグレンには、頼れる人が私しかいないんだっけ)
エルナがいなくなれば再びひとりぼっちになるだけでなく、獣に戻らなければならない。
その事実がグレンにとってどれほど恐怖だっただろうか? もうもう少しグレンのことを考えて行動すべきだった。
「エルナ。私のことが頼りなく思われるかもしれませんが、もう少しだけ頼ってください。ですから、傍にいさせてください」
もちろん今回の件は、不可抗力に近いものだった。
魔物の気配だったから当然警戒したし、幻惑鳥という魔物自体も今日初めて知ったのだから。
ただ、それはあくまでエルナの事情にすぎない。
グレンにとっては、エルナが消えてしまいかけたという事実こそが最も重要なのだろう。
グレンの答えに、エルナが彼の頭にそっと手を乗せると、グレンはその手をギュッと握りしめた。
「ごめんね、グレン。これからはもう少しあなたを頼るから。だから、そんなに苦しまないで。ね?」
「エルナ……ありがとうございます」
ほんの一瞬、彼の瞳に何とも言えない感情がかすめた。
エルナがその感情の意味を確かめる間もなく、グレンが力強くエルナを抱きしめた。
身体がさらに密着してエルナは猛烈に恥ずかしかったが、これはあくまで信頼を示すための行動だから大丈夫だ。
大丈夫なはず。おそらく。
アークナイツチェスが……面白すぎます……;v;




