#25. 港で出会う者。
ジェニュードの背後から見知らぬ声が聞こえてきた。反射的に振り返ると、そこには驚くほどの美男が立って二人を見つめていた。
太陽の光をまとっているかのような眩しい金髪。夏の森を彷彿とさせる深い緑色の瞳。その特徴的な外見にジェニュードは小さく息をのんだ。
「お前は……」
「あ、挨拶が遅れました。私の名前はカメル。人を探しにここへ来ました。おそらく通り過ぎてからそんなに時間は経っていないはずなのですが……」
礼儀正しい笑みを浮かべながら頭を下げた青年の姿を見ていると、背筋を伝って冷や汗が流れ落ちた。待てよ。この男、顔に覚えがある。いや、覚えているどころの騒ぎじゃない。この人は……。
(カメル……国王)
王族の象徴である金髪と「カメル」という名前。間違いない。ハメルーンの国王カメル・フォン・ダールド・ハーメルンではないか?!
(国王が一体どうしてここにいるんだ?! いや、それよりも……)
彼は人を探しにここへ来たと言った。その言葉がひどく引っかかった。頭をフル回転させたジェニュードは、何食わぬ顔を作って尋ねた。
「カメルだと。ハメルーンの人間か?」
「はい。ハメルーンから来ました」
「遠くから来たもんだな。獣人大陸に人を探しに来たってことは、獣人を探しているのか?」
「いいえ。人間です。私の妻がここにいるという話を聞きましてね」
「妻……だって?」
「ええ。恥ずかしながら、彼女と少し言い争いがありまして。ここまで逃げてきてしまったというわけです」
(何を言ってやがる? 逃げた挙句に別の大陸へ行く妻なんてどこにいるんだ?)
そもそも二人は離婚したと聞いていたのだが?
ジェニュードが疑わしげな目つきでカメルを見つめると、カメルは美しい笑みを浮かべて言った。
「恐縮ですが、私はラカンタ公用があまり得意ではなくてですね。差し支えなければ、ラディオンへの道を教えていただけますでしょうか? 道を教えてくだされば結構です」
「教えるのは難しくないが……ここまで逃げてきたってのなら、妻を追いかけて行っても意味がないんじゃないのか?」
ジェニュードの言葉に、先ほどまで笑みを浮かべていたカメルの顔から表情が消えた。
その虚ろな視線に、思わず一歩後ろへ下がると、カメルは再び口角を持ち上げた。
間違いなく笑ってはいたが、どこか不気味な光が宿っていた。カメルが笑みたっぷりの声で言った。
「エルナは私を待っているはずです。彼女はそういう人ですから。たとえ少し言い争ったとしても……大丈夫です。彼女なら理解してくれるでしょう」
ぶつぶつと、カメルが言葉を続けた。
「ええ、きっと分かってくれるはずです。彼女は私を愛していますから。私も彼女を愛しています。誰よりも、何よりも。彼女のためなら何でもできます。だから彼女は私のもとへ戻ってくるのです」
「おい、お前……」
「ああ、心配だ。早く彼女の機嫌を直してあげないと」
ジェニュードの言葉を遮ったカメルは、晴れやかな笑みを浮かべた。澄んだ笑顔なのに、ぬらぬらとした狂気が感じられた。
「こんなことをしている場合ではありません。今見たら、あちらで地図を売っていますね。助けは不要のようです。私は急ぎますのでこれで。失礼しました」
「なんだ? 待て。おい、お前!」
カメルはジェニュードが引き止めるのも聞かず、大股で歩き出した。
さっき言葉がよく分からないと言っていなかったか? どんな度胸で進むつもりだ?
(おまけに、あいつの身なり……)
顔を見た時はすぐには気づかなかったが、身なりがひどく乱れていた。まるで休むこともなくここまで駆けつけてきたかのようだ。
(……)
エルナが王宮を抜け出してセラタ港に到着するまでにかかった時間は、五日ほどしかなかった。
カメルが彼女を追いかけてこられるような時間ではないはずだが、彼は一体どうやってここへ来たのだろうか。
考えがうまくまとまらない。いや、そんなことはさておき、王妃と国王が消えた国は大丈夫なのか?
(公爵がいれば最悪の状況は免れるだろうが……あの聖女め、よくもここまでしでかしてくれたもんだ)
恋い焦がれていた故郷のはずなのに、戻るのが怖くなってきた。
「一体どうなってやがる……」
[ジェニュード。さっきの青年は一体何者だ? ただならぬ様子だったが。それに名前がカメルとか言っていなかったか? ハメルーンの国王がちょうどそんな名前だった気がするが……]
カメルを引き止められなかったジェニュードが苛立たしげに頭をかきむしると、やり取りを見守っていたアカが心配そうに尋ねた。
ジェニュードはカメルが消えた通りを見つめながら答えた。
[さあな。あの子が何をしようとしているのか全然見当がつかん。ただ、嫌な予感がするんだ。主人、ラディオンで通行証を発行してもらうのにどれくらいかかるか知っているか?]
[通行証か? 族長の気まぐれ次第だが、大体は一週間ほどかかるな]
[なら、まだ村にいるはずだ。主人、何か知っている青雄族はいないか? 報酬はたっぷり弾むから、その人にちょっと頼みたいことがあってさ]
[人族のアカネ……いや、娘御と関わりのある人間か? ほほう、その娘御も厄介な男に目をつけられたもんだな]
[まったくだ。青雄族なら村に早くたどり着けるだろ? どうか頼むよ]
[分かった。すぐに手配してやるから、少し待ってな]
言い終えると、アカはすぐに村の方へと歩き出した。アカが視界から消えるのを確認したジェニュードは、深いため息をついた。
「こういう時に限って予感が外れてくれればいいのに。なんで俺の予感はこんなによく当たるんだよ」
どうかエルナが無事でいてくれればいいが。そのためには知らせを届けることが最優先だ。
手紙を書くため、ジェニュードは急いで宿へと足を向けた。




