支払われた対価。【中編】
「行動?」
「そう。言ったでしょ?」
ウェルミィは、疑問を口にしたヘーゼルに対して、首を傾げた。
「やらない善よりやる偽善っていうのと同じ。内心面倒だと思ってても、心からやりたいと思っててもどっちでもいいの。ただ、『こうした方がいい』と思うことをその通りにやるなら、その行動の結果は、内心どっちでも変わらないじゃない?」
それが人の助けになることなら、行動していることそのものが素晴らしいこと、とウェルミィは思っている。
「やり方を間違うことは誰でもあるけど。そうね……例えばローレラルなら、出会った時のあの子は人の気持ちを無視していたでしょう? でもそれって、自分さえ良ければいい、って行動だったかって言われると、ちょっと違うと思うのよね。間違ってたのは、行動指針なの」
後々、ラウドンと話をした時に。
昔のローレラルは『なるべく高位の貴族と結婚し、家に利益を齎すこと』が大切だと思っていたことを、ウェルミィは知った。
「それ自体は、貴族家の一員として見れば正しい行動よね。問題は、自分を高める方向ではなく、他人を利用したり蹴落とす方向に考えて行動してしまったことなのよ」
だから、人の気持ちを蔑ろにすることに抵抗がなかった。
赤の他人がどんな気持ちになろうと関係なく、その『気持ち』が巡り巡ってガワメイダ伯爵家にとって不利益になることを、想像出来ていなかったのだろう。
「矯正のやり方は知らないけれど、ホリーロ子爵夫人になった後は……ちょっと極端から極端に振れたような感じがあるけれど、人の気持ちを考えて行動するようになっているのではないかしら」
ウェルミィに『迷惑をかけた』と謝罪したこともそうだし、ヘーゼルに『会いたくないだろうから』と謝罪に行かなかったのも、そう。
自分本位のままであれば『どうしてもヘーゼルに謝って、スッキリしたい』と考えるだろう。
「でも、行動指針自体は多分変わっていないのよね。今も『ラウドンやホリーロ子爵家に迷惑をかけないように』振る舞っているのでしょうし、その結果が、あの慰問だったりするのでしょう」
ローレラルの実際の内心など、ウェルミィは知らないけれど。
少なくとも、見かけた彼女はその行動を面倒だと思ってやっている様子はなく、子ども達と楽しそうに話をしていた。
ラウドンとの間に子どもが出来ても、いい親になりそうなくらいには。
「行動指針は変わっていなくても、考え方が変われば行動が変わるの」
ウェルミィは、そこで小さく笑みを浮かべてみせる。
「私は、多分その行動の部分で、人を評価してるかもしれないわ。口でどれだけ良いことを言っていても、やっていることが他人のことを考えていなければ、それは、何も考えていないのと変わらないように見えるでしょう?」
頬に添えていた指先を、自分の目の縁をなぞるように滑らせた後。
ウェルミィは、その仕草の意味を伝える。
「私は人の感情がよく分かるし、余計にね? 目に見える中で一番信用出来るのが、行動だから」
「あ……」
朱瞳の力で、ヘーゼルを含む普通の人達よりも『見えている』ものが多い分だけ。
「そんな感じかしら。だからローレラルも今は良いことをしてるわね、って思ったし、思いがけないところで姿が見えたから、気になってしまっただけよ」
「行動……」
「ええ。ヘーゼルもそうよ。側付きの仕事に慣れない間、嫌だ辛いって思っても、色々なことが出来るようになる為に頑張っていた、その行動が素晴らしかったのよ」
ウェルミィが手を下ろしながらそう答えると、彼女はふっと肩の力を抜いた。
「よく分かったわ」
「そう?」
「ええ。それに、ちょっと嬉しいかも」
「何が?」
ウェルミィが首を傾げると、ヘーゼルがどこか楽しそうな笑みを浮かべた。
「ミィが、いつものミィに戻ってるのが、よ」
「そうね。最近、ちょっと情けなくて申し訳なかったわね」
「全くよ」
そんな風にふふ、と笑い合って、その話は終わった。
後でラウドンに、ローレラルのことを聞いたところ。
どうやらあの行動は自発的なもので、あそこに通っている理由は彼女がウーヲンを見つけた養護院だったから、らしい。
贖罪の意識は、きっと今も彼女を縛っているのだろう。
そんな風に考えていると、さらに数日後に思いがけない出来事が起こった。
―――ローレラルの父であるガワメイダ伯爵が倒れた、と。
※※※
「それは確かなの?」
「はい」
朝食後、ウェルミィの問いかけに答えたラウドン・ホリーロ子爵は、現在、オルミラージュ侯爵家の家令である。
本来、家令は生涯独身で、オルミラージュ侯爵家の本邸に住むもの。
しかしそれを『働き方として古い』と感じたウェルミィは、エイデスと協議してラウドンを推し、カガーリンの後継としてその地位に就かせた。
能力は十分だからだ。
ただ、ローレラルが本邸で過去にしたことがしたことなので、妻帯で住まわすには軋轢があり過ぎる。
肩身が狭いだろうと言うことで、彼の昇格と同時にホリーロ子爵家の屋敷を本邸近くに準備して引っ越しをさせていた。
「ローレラルは?」
出勤してガワメイダ伯爵の話を口にしたラウドンに、ウェルミィはそう尋ねる。
すると、彼は少し困ったような顔をして、こう答えた。
「見舞うように伝えたのですが……本人は迷っておりまして」
「何故?」
「迷惑をかけたので、合わせる顔がないと」
「言ってる場合なの?」
思わず、ウェルミィはパシッと扇で手のひらを叩く。
「疎遠になっているとはいえ、嫌っているわけでもない父親が倒れたのよ? その言い方だと、行きたくないわけじゃないんでしょう?」
「と、思います」
「なら、今日は貴方の仕事はもう良いわ。すぐにローレラルを連れて向かいなさい。私の命令だと言っておいて。……もう一つの報告の内容も、レオには伝えておくわ」
「分かりました」
―――まったく。
つい先日、その行動について認識を改めたばかりだというのに、早速間違っている。
一緒に罰を受けてガワメイダ伯爵に引き取られた母親と会えているのなら、彼の方もローレラルについて悪感情は抱いていないだろう。
すると、そのやり取りを聞いていた10歳の娘、スフィーアが、自分の侍女であり幼馴染でもあるエリンと共にトコトコと近づいて来た。




