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【ノベル7巻発売中!】悪役令嬢の矜持〜婚約者を奪い取って義姉を追い出した私は、どうやら今から破滅するようです。〜  作者: メアリー=ドゥ
第六部/表 淀んだ過去の亡霊に。

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怒りは形を変えて。

 

 嘲るようなその表情と仕草を見て、ヘーゼルは奥歯を噛み締めた。

 そして、最後に目の前の男と交わした会話を思い出す。


『なぜ私や、私の妻と子を殺しておいて、お前らは生きている? 生まれた子に罪はないとあの女は懇願していたが、なぜ私がそう思えると思う?』


 思えないだろう。

 思えなかった筈だ。


 でも、それはミザリを傷つけていい理由にはならない。


『これほどの慈悲を与えてやってなお、自ら死のうとするのなら死んでくれ。私は、そちらの方が嬉しいからな』


 こいつを嬉しがらせてやる必要なんて、全くなかった。


 それはでも、ヘーゼルを生かす為の挑発だった。

 あの朱色の瞳の男の家から逃げた時も、こいつはきっと『自分が向かうのと逆の方向にヘーゼルが向かう』と分かっていて、動いていたのだ。


『幸せになってやるわ……』

『あたしは、あんたの思い通りにだけは、ならない……!』


 その時もまんまと、ヘーゼルは策略に嵌まった。

 でも、誰よりも憎いこの男の思い通りになってるなんて、絶対に認めたくなかった。


『好きにしろ、と言っただろう。溜飲が下がるだけで、私もお前などに興味はない。地獄の底までは噂も聴こえて来んだろう。二度と会うこともない』


 その言葉が真実であって欲しかったと、心から願う気持ちと。

 真実を知ってなお、決して目の前の男を許さないと考える気持ちがあって……だからこそ間違いなく、自分はこの男の子どもなのだろうと、思えてしまった。


 ーーーあたしは、アロイやミィにはなれない。


 だってどれだけ話を聞いても、この男を許さない、という気持ちが全く揺るがないのだから。

 でも、もう死んでて、なのに目の前に出てきたこいつは、ヘーゼルが幸せになったら満足するのだろう。


 だったら今この場で死ぬのが、一番の復讐になるのに。


 ーーー出来ないのよ、それだけは。


 だってヘーゼルが死んだら、きっともう、周りの人たちが悲しんでしまう。


 ひとりぼっちだと思っていたあの頃と、今は違うのだ。

 自分の居場所を作ってくれて、『ここにいていい』と言ってくれた人たちがいるから……復讐には、走れない。


 ーーーそれでも、絶対に。


 絶対に嫌だった。

 何もかもこいつの思い通りにだけは、なりたくなかった。


 その為に利用(・・)出来るものが、たった一つだけ残っている。

 誰も不幸にならない、でもこいつが嫌がるだろう選択肢が、一つだけ。


 この男に対する唯一の復讐方法を実行する為に、ヘーゼルは笑みを浮かべて宣言する。

 きっと、浮かべた笑みは怒りに歪んだまま、引き攣っているだろうけれど、構わなかった。



「あたしは、ミザリと一緒に(・・・・・・・)幸せになってやるわ。あんたが、幸せを求めずに自分の人生を捨てたことを後悔するくらいにね!」



 少しでも、この男の感情を揺らしてやりたかった。

 思い通りにはならないのだと言葉にすることは、ただのヘーゼルの意地だった。


 でもその気持ちは、本心でもあった。


「悔しいでしょう? 嫌でしょう? 自分は不幸になったのに、相手が幸せに生きてたら、あんたは嫌よね! 殺すほど憎かった連中の娘が幸せになるのは! ……だから、そうしてやるわ。全てをあんたの思い通りになんて、絶対にしてやるもんですかッ!」


 そうしてヘーゼルは、目の前の男と同じように、親指を立てて首を掻き切る仕草をしてやった。


 すると、やっとその顔が笑みから不快そうな表情に変わる。

 そしてしばらくこちらを睨みつけた後、トールダムは、音もなく姿を消した。

 

 ーーーザマァみろ!


 心の中でそう吐き捨てたけど、ちっともいい気分にはならなかった。


※※※


 そのやり取りを見終えて、ウェルミィは小さく息を吐く。


 ーーーとことん意地っ張りよね、どっちも。


 ウェルミィは、ルトリアノの気持ちを理解出来る側の人間だと、自分のことを思っていた。

 何を犠牲にしてでも、成し遂げたいことを成し遂げる態度そのものは、一貫していたから。


 ーーー貴方は死んでなお、憎まれ役を貫くのね。


 何も喋らないことが、ルトリアノの答えなのだ。


 真実を知られても、相手の同情も必要としておらず、和解など仮に求められたところで、必要ないと切り捨てること。

 ヘーゼルが好きなだけ憎み、罵ることの出来る相手で居続けること。


 それが、答え。


 最後の表情も、どうせ演技なのだろう。

 きっとあの人に後悔があるとすれば、自分の話をエイデスにしてしまって、ヘーゼルに伝わってしまったことだけ。


 必要なことではあったのだろう。


 エイデスという友人に自分の娘を預けて保護させる為には。

 あるいは、ルトリアノの真実に気づいた彼に対する、報酬の意味合いだったのかもしれない。


 けれど結局、それが遠因となって、この事態を招いた。


 誰も知らなければ、漏れることもなかったのだから。

 朱瞳の男マイラー・マクスウェルが、何故それを知っていたのかだけが、謎だけれど。


 ルトリアノが生前から貫いたのは……許容は出来ないけれど理解は出来る、そういう形の『覚悟』だった。

 

「ヘーゼル」


 声を掛けると、憤懣(ふんまん)()る方ない様子で振り向いた彼女に、ウェルミィはわざと呆れたような表情を作って、トントンと頬を扇で叩いてから、テーブルにその先を向ける。



「女主人が預かった荷物を、勝手に取り出してこの扱いはどういうことかしら?」



 すると、「あ」という顔をしたヘーゼルは、一転して少し焦った様子を見せるのに、口を開く前に畳み掛ける。


「その上、わざと亡霊を呼び出して、怒鳴りつけて。この場には私たちしかいないし、何事もなかったから良いけれど……ここは王の敷地内で、お義姉様は王妃なのよ?」


 ウェルミィ達はルトリアノがこちらに危害を加えるつもりはない、という事実を知っているからまだ良いものの、一切のお咎めなしするには、ちょっと直情的で考えなしな行動である。


「……ごめん」

「流石に、目溢ししてあげる訳にはいかないわ」


 気持ちは分かるけれど、と思いつつ扇を広げて口にすると、横からお義姉様が遠慮がちに声を掛けてきた。


「ウェルミィ……」

「お義姉様がよくても周りと私がよくないから、ちょっと黙ってて。ヘーゼルは私の侍女よ」

「……はい」


 ピシャリと言うと、お義姉様は大人しく引き下がってくれた。

 ヘーゼルは気持ちが落ち着いたのか、体の前で指先を擦り合わせながら、チラッと剣の柄から手を離して頭を掻いているシドゥを見上げる。


「そんな目で見ても、どう考えたって奥方様が正しいだろ……」


 シドゥも眉根を寄せて困ったような顔をしているのは、自分の職務的には怒る側に回らないといけないし、心情としてはヘーゼルのことも分かるからだろう。


 多分シドゥも、オルミラージュの本邸だったりしたら温情を進言したかもしれないけれど、ここは王妃宮の客間である。


「あなた達はどっちも、ここ最近お騒がせね」


 彼自身もそれこそ昨日、ヘーゼルが拐われた直後に王城の敷地内を勝手に走り回ったばかりで、強く言える立場でもない。

 シドゥの方はアダムス様と会って取りなされ、ヘーゼルはこの場にウェルミィ達しかいなかったのが幸運だった、というだけで、問題行動は問題行動なのだ。


「……どうしたらいいの?」


 女性にしても長身の体を縮こめて、『あんたがそれ言うの?』みたいに上目遣いで、ヘーゼルが子どもみたいに拗ねた口調で聞き返してくる。


 ウェルミィはしれっとそれを無視して、わざとらしく大きなため息を吐いた。


「当然、罰を与えるわ。……どうせもう一回、ルトリアノは呼び出すことになるから、どんだけ嫌でも協力しなさい」


 すると、ちょっとだけ沈黙がその場に流れて、やがてヘーゼルが訝しげな顔になる。


「え……それだけ?」

「牢屋や謹慎の方が良ければ、そうするけど」

「よ、よくはないわ!」

「なら、返事は『はい』でしょう」

「…………はい」

「宜しい」


 ウェルミィが澄ました顔でそう告げると、何故かお義姉様が横でホッとした顔をする。


「今回の件の罰はそれだけ。でも、もう一つ言っときたいことはあるわ」

「……何?」


 扇を下ろしたウェルミィは、にっこりと笑みを浮かべる。


「なかなか、いい啖呵だったわよ。是非幸せでいてちょうだい。ミザリと一緒に(・・・・・・・)ね♪」


 表向きツンツンしているのに、ミザリが倒れた時やこういう時に見せる一面が、本当に気が合うと思う。


 ウェルミィのからかいに、ヘーゼルは顔が真っ赤になった。

 この子は、こういうところが本当に可愛いのである。


 シドゥもニヤッと笑みを浮かべながら小さく頷いており、横を見ると、お義姉様も控えめに笑いを堪えていた。

 

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