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【ノベル7巻発売中!】悪役令嬢の矜持〜婚約者を奪い取って義姉を追い出した私は、どうやら今から破滅するようです。〜  作者: メアリー=ドゥ
第六部/表 淀んだ過去の亡霊に。

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重なる人生。


 ヘーゼルの怒りは、ミィの話を聞く前よりも膨らんでいた。


 目の下に深い隈のある男の表情は、亡霊らしく……あるいは、かつてグリンデル伯爵邸に住んでいた頃と同じように、無機質なもの。

 それが余計に、腹が立った。


「何が親よ!! あんたはただのエゴイストのクソ野郎だわ! あたしの為ですって!? ミザリが……あんなに傷付けられる程の何を、あたしにしたってのよ!?」


 かつてのヘーゼルは、ミザリが憎かった。

 目の前の、自分の父親だという男と同様に全てを奪った相手であり、憎悪の対象だった。


 だけど、それは目の前の男の差し金で、元からミザリの意思じゃなかった。

 本当は自分よりも酷い目に遭っていたと聞いて、それまで以上の絶望すら感じたのだ。


 両親だと思っていた2人がそうではなかったことや、自分に優しい両親を演じていた理由なんて、それに比べれば……今のヘーゼル(・・・・・・)にとっては、些細な話だった。


 あの家に居た人間は、誰も本当の意味で幸せじゃなかった。

 誰もが誰かを傷つけないままに過ごせない、地獄のような家だったのだ。


 ヘーゼルはその中で、ただ何も知らないだけの、台風の目だった。

 そして一番理不尽な目に遭っていたのが、ミザリだったのだ。


「愛情ですって!? 何も分かってないじゃない!! 何も!! 傷つけられる必要のない誰かの不幸の上に立ってまで、幸せになんかなりたくないのよッ!!」


 ルトリアノの妻であり、実母であるという女性の選択は、まだ分かる。

 そうしなければ最悪、ヘーゼルが殺されていたかもしれない、という状況を考えれば。


 でも。


「家なんか捨ててしまえば良かったじゃないッ! あたしを放っておいて、復讐なんか考えなければ良かったじゃないのッ!! あんた達は全員、何もかも間違ってるのよッ!」


 ヘーゼルは、自分の胸にも突き刺さる言葉を、憎悪の対象である男に対して言い放つ。

 絶望の中で、こいつの目の前で、公衆の面前で……自分の腕にナイフを突き立てた。


 自分のあの行動も、復讐だった。


 全てを奪い去った連中に対して、全て失ってしまえばいいと。

 道連れになってしまえばいいと。


 そう、ヘーゼルだって、自分の命を使って復讐しようとしたのだ。


 力がなくて、他に方法がなかったとしても、ヘーゼル自身も『復讐に囚われた』一人だった。

 

 幸せになろうとしたのだって、目の前のクソ野郎の思い通りになってやるのが癪だからという、ただそれだけの理由で。

 もし相手を苦しめて地獄に突き落とすだけの力が自分にあれば、そちらを選んでいたかもしれない。


 だけど、ミィが、アロイが、そしてシドゥが……人が生きる理由は、そうではない方がいいのだと、教えてくれた。

 憎い誰かの不幸を願うのではなく、大切な誰かの幸福を願う生き方を、教えてくれた。


「誰か1人でも、大切な誰かの為に生きる覚悟をしていれば、痛みを受け入れて前を向いていれば、ミザリは傷つかなかったわッ!!」


 ウーリィという実母が、全てを捨てて平民になる覚悟をして逃げれば。

 証拠がなくとも、弟夫妻を告発していれば。


 こいつが、妻の復讐として弟を殺すのではなく、その罪を暴いていれば。

 殺したとしても、せめてヘーゼルを、犯罪者の娘としてでも、真っ当に娘として愛す覚悟をしていれば。


 そもそも、弟夫妻がミザリを思って、ふざけた略奪劇をやめていれば。


 ーーーあんなことに、ならなかったのに……ッ!


 皆が欲望や復讐という私利私欲を、満たそうとしなければ。


「ミザリに、あんな風になるまで追い詰められなきゃならない、どんな理由があったってのよッ!!」


 愛する人を幸せにすることではなく、傷つけてきた相手を破滅させることを優先した時点で、それがどんな理由であろうと陳腐な言い訳なのだ。


 アロイを幸せにすることだけを考え続けて、その為に自分とエルネスト伯爵家を犠牲にしようとしたミィと。

 ヘーゼルを幸せにすることを考えて、自分とグリンデル伯爵家を犠牲にしようとしたというトールダム。


 二人の、似ているようで決定的に違う部分が、ミザリの存在だった。


 ミィは、罪のない誰かを犠牲にしようとはしなかったと、アロイは言っていた。

 策略に巻き込まれて不遇な立場に置かれた人は、全員アロイを傷つけた人物(・・・・・・・・・・)


 対してこいつは、巻き込んだのだ。

 金銭欲に目が眩んだクソな性格の義母も、呪いの魔導具で心を壊されたミザリも、関係なかったのに利用された。


 関係ない相手を巻き込む選択をした時点で、『それがヘーゼルに対する愛情だった』と言われても、怒り以外の感情など湧くはずもなかった。


「何とか言いなさいよ!! あんたの行動に、どんな正当性があるってのよ!! あんたは、あたしを言い訳にして復讐しただけの、クソ野郎よッ!!」


 ヘーゼルは睨みつけるが、目の前の男は何も喋らない。

 ただ黙って、こちらが吼え猛るのを聞いているだけだった。


「本当にあたしを愛してたなら!! こんな事にはなってないのよ、絶対に!! ミザリに酷いことした、あんたなんかーーー」


 あんなに優しい(・・・)ミザリを、ただ復讐相手の子だからって、躊躇いなくぶっ壊そうとした男なんか。


「ーーーあんたなんか、あたしの親じゃないわッ!!」


※※※


 ウェルミィは、ヘーゼルの心からの叫びに、思わず横に座るお義姉様を見た。


『わたくしは返すわ。貴女がわたくしの為に捨てようとした、とっても大切な、最後の一人を』

『何で……何で、お義姉様も私と同じように、愛してくれなかったの!』


 イザベラお母様も、ルトリアノと同じだとウェルミィは思っていた。

 復讐の為に、お義姉様を犠牲にしたのだから、と。


 なのに、お義姉様は許した。

 ウェルミィにとっては大切な人だからと、イザベラお母様を、許したのだ。


 そしてお義姉様はその前に、ウェルミィのことまで、許した。


「お義姉様……」

「ウェルミィ。お義母様は、ルトリアノとは違うわ。……貴女を虐げはしなかったし、わたくしに対する扱いも、ミザリ程ではなかったもの」


 お義姉様は、最初こそ驚いていたけれど、すぐに冷静になったようだった。

 確かにお義姉様の境遇は、ミザリよりもヘーゼルの方が近い、と言われれば、その通りである。


 イザベラお母様自身が、お義姉様をルトリアノのように必要以上に傷つけたかと言われると、確かに、そうではなかったかもしれない。

 使用人のように扱われてはいたけれど、イザベラお母様がお義姉様に手を上げたのは、ウェルミィが川に落ちた時の一度だけ。


 食事を抜いていたのも、呪いの魔導具でお義姉様を殺そうとしていたのもサバリンであり、当主命令に表立って逆らえる存在は、当時のエルネスト伯爵家にはいなかった。

 そしてウェルミィがお義姉様を離れに移して貰った後は……イザベラお母様は、お義姉様に積極的に関わろうとはしなかったのだ。


 でも、そんなのは些細な差は、抵抗出来ない弱者を虐げた事実を許す理由にはならない。


 ウェルミィも、他に方法がないからと、お義姉様に酷い扱いをしたのだ。

 お義姉様がウェルミィやお母様を許して、ヘーゼルがルトリアノを許さない理由。


 そこについては、もしかしたらウェルミィ自身の方が、ヘーゼルに近いのかもしれなかった。

 ヘーゼルのように、自分ごと全部破滅させてやろうとした、ウェルミィの方が。


 その上で、お義姉様を虐げたお母様と、ミザリを虐げたルトリアノの差はどうだろう。

 ウェルミィのことは愛してくれたことと、決して表立ってその愛情を見せずに酷い扱いをしたことの違い。


 本当にルトリアノは、自分にとっても、ヘーゼルにとっても、そしてミザリにとっても、最悪な選択をしたのだ。


 ほんの少しだけでも違いがあれば。

 例えば、ミザリは養護院に預けられたまま放っておいて、奪い返したグリンデル伯爵家の中で、ヘーゼルに愛情を注いでいれば。


 同じように自らの処刑を見据えたウェルミィとルトリアノの明暗を分けたのは、きっと……ただの、運の差だった。


 ルトリアノは最愛の人の失った後で。

 ルトリアノの方がウェルミィよりも大人で。

 絶望の深さと、覚悟の深さが違って。


 同じように、間違えた。


 徹底し切らなかったのは、二人とも同じ。

 ウェルミィはそもそもお義姉様に自分の策略を知られていて、ルトリアノはエイデスという友人に話してしまい。


 だから今、こうなっているのだ。


「……ウェルミィ」


 お義姉様はこちらの内心を悟っているかのように、ルトリアノを見据えながらも、小さな声で続ける。


「皆、少しずつ似ていて、少しずつ違うわ。似ていても、同じ人生を歩んでいるわけではないのだから、引っ張られてはダメよ」

「……分かってるわ。それぞれの選択は、それぞれの選択という話でしょう?」

「分かっているなら、いいわ」


 微笑みすら浮かべるお義姉様に、ウェルミィは自分の心配が杞憂だった、と思った。

 似たような境遇で、別の選択をした誰かを目にしても、お義姉様が悩んだり傷ついたりはしないのなら。


「私は、お義姉様にヘーゼルのような選択をして欲しかったのよね……」

「わたくしは、ウェルミィにあんな悲しい気持ちを抱きたくはなかったわ」


 悲しい。


 確かにそれが、ヘーゼルとルトリアノの関係を表すのに一番しっくり来る言葉だった。

 自分ではどうしようもない事情で掛け違えた後の選択で、人の関係は、こうも変わるのだと。


 ウェルミィは、言いたいことを叩きつけて、肩で息をしているヘーゼルの背中を見る。


 出会った時はずっと棘が生えたような態度を取っていたけれど、今は、可愛らしい一面も頼りになる一面も見せてくれる、感情豊かな侍女(友人)の背中を。


 そして、それと対峙する血縁上の父親である、ルトリアノを。


 結局、ルトリアノは最後まで口を開かなかった。

 やがて暗い笑みを浮かべた後、いつでも剣を抜ける姿勢で構えるシドゥを一瞬だけ見てから。


 ゆっくりと右手を上げると、親指を立てる。

 シドゥの腕に力が籠って張り詰めるが……ルトリアノは上げた右手を、自らの首の左側に添えて……。



 ……ヘーゼルを見据えたまま、その指を、スッと掻き切るように首の前で横切らせた。

 

 

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