ウェルミィの魂。
「ズミアーノ様……どういうつもりですの?」
イオーラが動揺したのは、ほんの一瞬だった。
直後に湧き上がった殺意に近い怒りを込めて、彼に問いかける。
「何故、そのような愚行を? ウェルミィを殺す気ですか?」
しかしズミアーノ様は、相変わらずヘラヘラとしたまま答えた。
「逆かなー? 君とオレの目的は当然同じだけどさー。さっきミィが言った通り、イオーラはちょっと勘違いしてるんだよねー」
横で鼻を鳴らすウェルミィと目線を合わせてから、ズミアーノ様が言葉を重ねた。
「オレとイオーラの『ミィはお義姉様の為なら一番力を発揮する』は、ちょっと意味が違うからさー。だから君は、自分が危険じゃないといけないと思っちゃったんでしょー? もっと自信持った方が良いよー」
「……何が違うというのです?」
「ミィが一番輝くのはさー……お義姉様の望みを叶えた時なんだよねー」
そう言われても、イオーラは意味が分からなかった。
ーーー望みを叶えた時……?
「何で気付かないのかしら」
ウェルミィはちょっと呆れ気味の様子で、段下からこちらを見上げてくる。
「あんな記憶まで用意しておいて、そこが分からないなんてことある? 花冠に、ドレス選びに、エイデスとの時期の違う婚約……あれがお義姉様の望んだ、そして私の望んでいた、手に入らなかった幸せでしょう」
「……!」
イオーラは言葉に詰まる。
確かに、問われるまで気づかなかった。
この状況を作り出す為に用意した記憶は……内容そのものはさほど重要ではないからこそ、きっとイオーラ自身の本心を反映したものだったのだ。
偽の記憶の中で、ウェルミィは、そう。
確かにイオーラの『望んだ』通りに、明るく、闊達に、何の憂いもなく……生きていた。
輝くような、笑顔で。
ーーー間違い……?
イオーラを助ける為に、自らの破滅をかけて。
イオーラを助ける為に、囮になって。
イオーラを助ける為に、侍女選びで下働きに扮して。
イオーラを助ける為に、ウェルミィは『語り部』の行動に対して全力を振り絞った……けれど。
そう、彼女が本当に嬉しそうに、笑っていたのは。
オルミラージュの別邸で、レオとの婚約を祝福してくれた時で。
イオーラが壇上で、彼と手を取り合って婚約を発表した時で。
侍女を選ぶ時ではなく、侍女としてイオーラと一緒に働いていた時で。
ーーーイオーラが、助かった時で。
本当の、彼女の意志が表れる瞬間は……最も強い感情が湧き上がるのは。
「理解したかしら?」
ウェルミィは演技をやめて……心から嬉しそうな笑顔を、浮かべた。
「私のことに関しては、お義姉様もバカよね。私が真相を知ったら、お義姉様の望みが叶わなくなるなんて、そんな訳ないじゃない?」
コツ、コツ、と階段を登って、ウェルミィがイオーラの目の前に立つ。
そしてその朱色の瞳が、真っ直ぐにこちらを見つめる。
本当に幸せそうに蕩けた瞳が。
「お義姉様が私に『助かって欲しい』って望むなら……全力で助かる為に、お義姉様の前に立つに決まっているでしょう?」
※※※
「……私が、死にかけてる?」
「そーだよー」
ズミアーノ様は、ウェルミィに今の状況を説明する。
「ここはねー、君の魂の世界とでも言うべき場所なんだよねー。そこにイオーラが介入したから、色々、辻褄が合わないんだよねー」
「……『語り部』の作る『夢』みたいなもの、ってことかしら?」
「そうだねー」
「で、ここにいるあなた達は?」
「イオーラに協力して、一緒に入ってきたんだよー。ねー、魔導卿」
彼は後ろを振り向いて、ドアに向けて声を掛ける。
「ここから先は、貴方が説明した方が良いんじゃないー?」
そう問われるのと前後して、ドアが静かに開いた。
姿を見せたのは、銀髪に紫がかった青い瞳の青年。
ウェルミィ・オルミラージュの記憶にあるよりも若い頃の姿をしたエイデスは、いつもの嗜虐的な笑みを浮かべてレオに声を掛けた。
「誘導役をありがとうございます、レオニール陛下?」
「……エイデス。お前もグルか」
「当然だ。ウェルミィが誰の嫁だと思っている」
歩み寄って来たエイデスが、こちらの頬に手を添えようとするのを、ウェルミィはパシッと叩き落とした。
エイデスが片眉を上げるのに、ウェルミィはツンと顎を上げる。
「事情を完璧に説明してからよ。また私を嵌めたわね」
「心外だな。お前があの状況に放り込まれたらこう動くことを予測して、先回りしただけだ。愛しの旦那様の理解が深いことを感謝すべきだと思うがな?」
「自分で言うんじゃないわよ!」
体が若くなったことで、意識まで昔に戻っているのではないだろうか。
これで腹が立つウェルミィも同じかもしれないが。
「ここが私の魂の中、とかいうところなら、何であなた達が土足で踏み込んできてるのかちゃんと説明しなさいよ!」
「良いだろう。端的に言うと、お前の魂は瘴気に犯されて崩れ落ちかけている。放っておけば、そのまま死ぬ」
「で?」
自分が死ぬ、と聞かされても実感がないので何とも思わない。
その上お義姉様やエイデス、レオやズミアーノが動き、こうして話をしているということは。
「助ける算段が立ったんでしょう?」
「そういうことだ。ある朝、微かな瘴気の気配を感じて目を覚ますと、お前の中にそれが吸い込まれた。声を掛けても揺すっても目を覚さないお前に、さらに瘴気が集まりだした。それが始まりだ」
目覚めないウェルミィに対して、様々な手段を講じたが、瘴気の影響を抑えることは出来ても何故か消し切れない。
このままだと、ウェルミィが死ぬ、という段になって。
「イオーラが、魔王となった私がいる世界の『語り部』と通じ、お前を救う手段を提示されたのだ」
それが、魂の中に入り、ウェルミィの『意志』を呼び覚ますことだったのだと。
「外からの手立てがないのなら、内から治す……瘴気を弾き飛ばす程の、かつてイオーラが【魔王】の瘴気に取り込まれた時にお前が発揮したような意志の強さと解呪の力が、必要だったのだ」
「その為にお義姉様が講じた策が、自分の誘拐?」
「ああ。微睡む魂に偽の記憶を与え、衝撃を与えることで『本来のお前』を呼び覚ました。納得出来たか? ウェルミィ・オルミラージュ夫人」
「全然意味は分からないけど、状況は理解出来たわ」
つまり今のウェルミィが……お義姉様を求めるウェルミィがさらに何かをすることで、瘴気とやらを吹き飛ばすことが出来るのだろう。
「で、あなた達がお義姉様の策に反した行動を取っているのは……お義姉様のやり方じゃ無理だと思ったからなのかしら?」
「無理ではないだろうな。だが、最善ではない。そうだろう? ウェルミィ」
冷酷非情で傲岸不遜……そう言われながら、その実誰よりも甘くて、ウェルミィの事を一番理解しているエイデスは。
かつて『私の嫁になれ』と、そう告げた時のような表情で目を細める。
「イオーラと私が、お前を求めている。そう聞いたら、私の愛しいウェルミィはどう思う?」
再び頬に伸ばされた手を、ウェルミィは今度は拒絶しなかった。
あの時のように、少し不貞腐れたような顔をしてみせると、彼はますます楽しそうに言葉を重ねた。
「返答を。オルミラージュ侯爵家夫人、ウェルミィ」
「決まっているじゃない、エイデス・オルミラージュ魔導卿。……天にも昇るような幸福だわ」
ウェルミィは堪え切れなくなって、頬に触れるひんやりとした手の心地よさに目を細めて笑う。
「お義姉様と貴方を悲しませない為? 一番やる気が出る言葉よ」




