第4話:汝、鳥類の血脈を宿せし 禁断の二重奏 〜慈悲深き白銀の温もり包み〜
季節が少し巡り、肌寒い秋の風が吹き始めた頃。
最近のアラルドは、どこか様子がおかしかった。
目の下に薄っすらとクマを作り、肌のツヤも悪い。食事の進みも遅く、どこか遠くを見るような目をしている。
「アラルドさん、問診します。最近、ちゃんと眠れてますか?」
お昼ご飯の後、私が尋ねると、アラルドはビクッと肩を揺らした。
「……な、何のことだ。私は至って健康だ」
「嘘ですね。バイタル見ればわかります。顔色も悪いし、不眠症でしょう?」
隠しきれないと悟ったのか、アラルドはハァと深い溜息をつき、自らの額を押さえた。
「……悪夢を見るのだ」
「悪夢?」
「幼い頃から、私は戦場に身を置かれてきた。味方の裏切り、目の前で死んでいく部下たち、血の匂い……。『冷血の暴君』と呼ばれなければ、生き残れなかったのだ。……最近、昔の戦場を夢に見る。目が覚めると汗だくで、二度と眠れなくなる……」
彼は膝の上で、ぎゅっと拳を握りしめた。
強靭な身体を持つ英雄も、心には癒えない傷(PTSD)を抱えていたのだ。一人でその恐怖と戦い続けてきたのだろう。
「……分かりました。今日の診察はここまでです」
私は立ち上がると、厨房へ向かった。
数分後、私が持ってきたのは湯気が立つ土鍋だった。
「ほら、食べてください。特製の『たまごとり粥』です」
「……こんな柔らかい飯、病人の食うもの……」
「病人ですよ、今の貴方は。いいから食べて」
アラルドはおそるおそるスプーンですくい、口に運んだ。
(トロリ……)
「……な、なんだこの優しい味わいは……!? 柔らかく煮込まれた鶏肉の深い旨味と、ふんわりとした卵の甘み、それが白銀のお米とひとつに溶け合っている……! これぞまさに……【汝、鳥類の血脈を宿せし 禁断の二重奏 〜慈悲深き白銀の温もり包み〜】……!!」
アラルドの目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「一口啜るたびに、私の枯渇した精神(MP)と生命力(HP)が充填されていく……。傷ついた胃壁どころか、魂の奥底まで温もりが染み渡るようだ……っ」
「熱いからフーフーしてくださいね。食べた後は、ここに横になってください」
私は縁側に敷いた毛布を指さした。
アラルドが素直に横になると、私は彼の頭元に座り、両手で彼の頭部を優しく包み込んだ。
「何をする……?」
「『安眠のつぼ』を押します。あと、少しだけ精神を安定させるヒーリング魔法を流しますね」
後頭部の『安眠』のツボを、指の腹で心地よい強さで圧迫する。前世で患者さんの不眠ケアによく使っていた手技だ。
「アラルドさん。貴方はもう、一人で戦わなくていいんですよ。ここは安全です。誰も貴方を裏切りませんし、襲ってきません」
「サオリ……」
「強がらなくていいんです。弱音を吐いてもいいんですよ。人間なんですから」
優しく声をかけながら、ゆっくりと頭を撫でてやる。
すると、アラルドの身体から急速に緊張が抜けていくのが分かった。硬く結ばれていた眉間の皺が解け、呼吸が深く、規則正しくなっていく。
「……あたたかい……。サオリの……手……」
ほんの数分で、アラルドは静かな寝息を立て始めた。
数年ぶりに訪れた、本当の安らぎの眠り。その寝顔は、まるで幼い子供のように穏やかだった。




