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第3話 【余白読解】は消された文字を拾う
夜更け、巡回文庫を利用していた未亡人マルタが、破れた本を抱えてやって来た。
「この本、返したいんです。亡くなった夫が大事にしていた本で……でも貸出札が見つからなくて」
差し出された詩集の見返しには、母の百合紋によく似た蔵書印が押されていた。私は紙の傷へ指を触れた。その瞬間、視界の奥に白い文字が滲み出す。
旧蔵書番号三一七。
移送先、王立蔵書局婚礼準備室。
書換者、リディア・フォルクナー。
「……見える」
思わず呟いた私を、アルノーが静かに見た。
「何が見えた」
「消された余白です。誰が、いつ、どの名目で書き換えたのか」
紙の擦れた音、乾ききらないインクの跡、読み上げられずに消された文字。その全部が一本の線になって流れ込んでくる。私は震える指先を握りしめた。
「母の本は、婚礼準備室に回されていました。義妹が私の蔵書を自分の花嫁文庫にしようとしています」
マルタが息を呑む。アルノーは机へ手を置いたまま、短く言った。
「なら、その余白ごと返させよう」
北辺へ来てから初めて、私は自分の言葉を信じてくれる相手の声を聞いた。




