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9 ひみつのフーコちゃん

 文香はミズキとアフターをして帰って来た。真っ直ぐ帰る気分ではなかったのだ、皆上のBL好きカミングアウトの所為で。ご飯をしたり、ウィンドウショッピングで気持ちをようやく落ち着けての帰宅。


 そう思った矢先のこれは何なのか?!


 隣のアパートにパトカーがランプを点灯して停車しているし、近所の人たちが野次馬みたいに人垣を作っているし、喚き声が聞こえるし、明らかに何かあった状況を示していた。文香はすぐに弥尋の身が心配になって、人垣に突っ込んでいった。

 最前列にやってくると、コーンとバーで封鎖された中に、自分の母親がクリップボードを抱えた制服警官と話している。

「お母さん?!」

 バーを跨いで駆け寄る。マキシ丈のスカートだったので、横の警官がぎょっとしたけれども、気にしちゃいられなかった。

「文香、丁度よかった。出かけるって言ってたからアンタは大丈夫だと思ってたけど。ヤッちゃんのお部屋が被害に遭ったみたい」

「ヤッちゃんが?!ヤッちゃんは?!無事なの?!どこにいるの?!」

 そうなのだ、隣のアパートに何事かあったらまず弥尋に何かあったらと心配で、心配で、……(エンドレス)。なので、母親に喰い付かんばかりの勢いで聞く。

「無事よ。バス停で入れ違いだったんだけど、逃げ切ったのを見たから大丈夫だと思うわ。男の子の友達と一緒に」

 無事、という言葉で冷静になったが、この母親はなんでこの非常時にニヤケているのか甚だ疑問だ。傍目には分からないだろうけれど、一六年も親子をやっていれば分かる。そして、新たな登場人物が出て来て別の焦りが生まれる。

「それ、誰?!ってか、ヤッちゃん今どこ?」

「そうそう、文香。それを聞こうと思って、ヤッちゃんの携帯に掛けてちょうだい」

「もー!なんでお母さんヤッちゃんの携帯入れてないの?!大家なのに!」

 文香は鞄から携帯を取り出して、弥尋に電話を掛ける。

「ほら、職場はおじいちゃんの工房だし、遊ぶ時もだいたい文香といるし?」

「居ない時だってあるじゃない!今、現に!!」

 呼び出し中の指定の音楽に苛立ちを覚えながら、母親の不手際のいい訳をばっさり切り捨てる。サビ部分が終わりそうな所で、通話になった。弥尋のあんまりにも普通のもしもしに涙が出そうになる。

「あっ!やっちゃん!!大丈夫?!!」

『あ、フーコ。帰って来たの?あのさ、うちの部屋のドア壊れてない?』

 歪みない。質問に対して、全っ然関係ない質問で応じるあたりが。もう、文香はこの時点で、『うん、大丈夫そう』の判断をしていた。しかし、文脈が気になり、やっぱりツッコんでしまう。

「ドア?!なんでドア?うん、たぶん……ってそうじゃないよ!大丈夫なの?私今来たばっかりで、よくわからないんだけど警察が来てるし、ヤッちゃんに何かあったんじゃないかって……」

『うん。へーきだよ、トシが助けてくれた』

「そうなんだ、よかっ……って、えぇ?!皆上さん?!え?待って……、じゃあ寮に居るの?」

 今日、どれだけ私の生活に介入して来るつもりなんだ、皆上ぃぃいいい!!!という心の叫びを、弥尋の耳に入れなかったのは奇跡だった。

『そだよ』

「そ、そうなの……?うん、でも、そこって確か、男子寮だよね?」

 母親がさっきから電話の音声聞き取ろうと顔を近付けて来るのをどけながら返答を待った。

『そうなんだけどさ、トシが今帰っても危ないからって』

「いや、いやいや……!ヤッちゃん、もっと自分を大事にして、お願い!!」

 相手には見える筈もないのは承知だが、手を顔の前でブンブン振るジェスチャーをしていた。

「家主さん、無事なようですね、少し変わって貰ってもよろしいですかな?」

 と、制服警官が文香が抵抗する間もなく携帯を奪った。警官は名乗ると、被害状況や立ち会い、などという単語を使って固い話を始めた。おそらく弥尋は、困惑していると思う。

 しかし、それよりも、だ。

「お、お母さん……ヤッちゃんが、男子寮に、と、泊まるなんて」

 貞操が、とか、考えたくもないのだが。万が一、罷り間違ってしまったらと思うと、すぐにでも奪い返しに行きたい。

「なんてうらやまけしから……じゃなくて、困ったわねぇ」

 母親の様子がおかしい。今に始まった事ではないけど。母親を無視して、思っていた事を口に出した。でっかい独り言だ。

「私、薄々気づいてたんだけど、アノ人ってヤッちゃんの事、男だと思ってる?私に対する態度とヤッちゃん対する態度が大分違うんだけど……」

 思えば、闘条とかと扱いが似てる気がしなくもない。

「ヤッちゃんの高校デビューにはお母さんもびっくりしたわ、似あい過ぎてて。男だと思ってるのなら、逆に好都合じゃないの?」

 それはそれで危ないと、文香は思っている。というか、疑っている。違うと言ってはいるが、潜在意識の片隅にあるんじゃなかろうかと。それとも、両方大丈夫な人だった可能性も捨てきれない。

「お母さんはなんでそんな、危機意識薄いの!」

 ますます不安に煽られて、母親に八つ当たりした。

「アンタがネガティブ思考なんでしょ。もーアンタ、ヤッちゃんの事になるとプリプリ怒るんだから。あの子だってバカな事するような子じゃないの知ってるでしょ?」

「無理やりってこともあるでしょーが!!!」

「やーね、この子は。ギャル系雑誌の投稿記事鵜呑みにして」

「ギャル系雑誌なんて読んだ事ないよ!」

 親子喧嘩に発展しそうなところ、空気を読んだ制服警官が携帯を返して来た。今にも手が出そうだったので、とてもいいタイミングだった。

『もしもし、文香さん?皆上です』

 弥尋が出るものだと思って、貞操観念についてみっちり物申すつもりだった文香は出鼻をくじかれた。思わず変な声が漏れた。

「んなっ!皆上さん?!ちょ、ちょっと!そこ、龍善寺の寮ですよね?!いいんですか、ヤッちゃんを泊めるなんて!!」

『通いの学生がよく泊まってくこともあるんだ。在川もうちの学校の生徒だし、寮父さんにも話を通したから大丈夫だよ』

 寮父も誤認したらしい。最悪だ。

 今弥尋を救えるのは私しかいないのだ、と自分を奮い立たせた文香は、自分でも何を言ったのか分からない位の剣幕で捲し立てた。

「いーですか、皆上さん?!渋々ですが、そちらに泊まるの了承します。か・な・ら・ず!ヤッちゃんを傷一つなく無事に帰してくださいね?!お風呂も着替えも覗いたら承知しませんよ!ヤッちゃんが寝る時、部屋に内側からカギ掛けられて、外から侵入できないようにするんですよ!もちろん、一人部屋ですよ!最悪家具でバリケード作れるようにお願いします!ヤッちゃんにちょっとでも変な気起こしたら、社会的にあなたの人生終わらせますからね!はい、返事は!!」

 気押されたらしく、条件反射のような、はい分かりました、が帰って来た。言質は取った。

『変な気って……あんまり信用ないんだね……。在川に関しては責任持って保護するって約束する、それでいい?』

「はい、皆上さんの人生が終わらないように祈ってます」

『……』

 彼なりに傷ついたのであろう、変な沈黙があった。文香は素知らぬ顔でフォローはしなかった。


『あ、そうだ。押し掛けてきた連中に、なにか心当たりないかな?なんだか、在川を別の名前で呼んでたみたいだけど、なんかのキャラか何かと思われてるみたいなんだ。元ネタあるのかって聞いても口を割らなくて……』


 東大寺の大鐘楼で鐘を目の前で突かれたような眩暈が襲う。鐘を突かれた事はないけど。

「!……え、と……」

 ごめんなさい、私が描きました。と言おうと思っているのに。

『わからないか……。そうだね、連中の言動もちょっと妄想入ってる感じだったし。偶々目に入って気に入られちゃったのかもしれないね。ん?在川に替わるよ?』

 足元のアスファルトにぽたりと水滴が落ちる。携帯を耳に当てたまま、俯いていると、横隔膜が言うことを聞かずに、ひゃっくりみたいな苦しさを感じる。また、ぽたぽたと地面に水滴が滲んだ。

『フーコ』

「……ッヒ、ヤッちゃ……ごめっ、わた……っの所為で……!」

『うちは大丈夫。文香は悪くない。おかしいのあいつ等じゃん。びっくりはしたけど、今は何ともないしさ。だからいいんだ』

「ヤッちゃん……っ」

 ぐすっと鼻が鳴った。

『それにさ、こんなことにでもならなきゃこんなとこ来れないじゃん。ちょっと冒険心が疼くっていうか』

「もう、ヤッちゃんってば……」

 鼻声だったけど、文香は微笑んだ。弥尋は声を潜めて、口元を手で覆ってるのだろう、音が籠る。

『でさでさ、ベッド下とかどんなエロ本隠してるか見て来る……!』

 言葉尻の方が既に笑いを抑えきれずに、くすくすと聞こえて来る。

「え……それ、怒られちゃうよ」

『だいじょーぶ、だいじょーぶ!ちゃんと元に戻しとくって。後で報告するから、楽しみにしてて!あ。ご飯出来たって。じゃね、フーコ』

 ツー、ツー、という通話終了の音に、我に返った文香は、ある事に気が付いて叫んだ。

「あ゛―――――――っっ!!!」

 あの人に限ってはグラビアとかじゃない。その確信があった。もう一度弥尋に電話してみるが、出ない。ご飯に夢中らしい。

 せめて、思い留まる様にとメールを打ったけど、聞かないかもしれない。BL本(あんなもの)が出て来て、傷つくのは弥尋なのだ。皆上の名誉は知ったこっちゃない。というか皆上の自己責任だし、と結論付ける。顔を上げると、顔を覗き込む母と目が合う。

「どうしたの、文香?電話で泣いたと思ったら、変な声だして……」

 忘れていた。母親が居たんだった。ついでに警官やら、野次馬も文香を見ていた。

「なんでもない!女子高生にはいろいろあるの!!」

「あら、そう……?」

 文香の態度に面食らったのか、それ以上聴いては来なかった。


 どうして、こんなになるまで放置してしまったのか、自己嫌悪したくなる。ともかく、あの絵を世に出してしまった責任を取らなくては、と早速行動に移すべく自宅に向う。ずかずかと進むと人垣がモーゼの十戒みたいに道割れた。


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