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8 餌食になったのだ

 愛利はメールの着信で飛び起きた。即売会の帰りの電車内だった。マナーモードだったから非難の目を向けられる事はなかったが、文字通り跳ね起きた為、隣に座っていたおじさんまで驚かせたようだ。とりあえず、謝っておいた。

 夢見が悪かった気がする。額に手を置いて、思い出そうとするが、うまく記憶をたどれない。普通の夢なら忘れてしまっていいのかもしれないが、前世の姿で階段を転げ落ちるシーンだけがはっきり思い出せるのだ。スリラーモノの映画みたいな緊迫感と背中を押されたような感触が残っている気がするし、とても穏やかじゃない。


(事故じゃなかったのかもしれない。死んでしまった無念は、今こうして腐に走っているから解消されている訳で……。あ、腐の遺品は段ボールごとまん○らけに送ってくれと頼んであるけど、相方はちゃんとやってくれたのかな?ネット関係も解約されていて欲しい、切実に)


 思考に没頭していると、再びメールが来た。二件とも在川からだ。件名に用件が書いてあって本文が真っ白だ。


件名:たすけて肉般若来た

件名:ヤバいドア蹴ってるなにこれこわ


 そういえば、あの連中前に現れたのも大きいイベントのあった後だったように思う。在川が電話してこないところをみると、家の中に居るのかもしれない。


 あと二十分位でそちらに行く。どういう状況?と本文に打ってメールを返す。すぐに返信が来て、どうやら籠城ではないことがわかる。


件名:急いで来てよ!

本文:買い物から帰ったら、家の前に居るから隠れてる。ポストから中見ようとしてるっぽい。なんか入れた。喚いてるけど、なんて言ってるかわかんない。ぎゃーーー!ドアノブ舐めてる、キモ!汚い!!これ、どーしたらいいわけ?


 一生懸命実況しているが、在川はどこに潜んでいるのか分からないと、距離を取った方がいいのか、身を潜めていた方がいいのか決められない。最寄駅に着いたので、電車を降りて、どこに居る?とだけ返信。

 改札ももどかしく思いながら、階段を駆け降りる。ロータリーを横断したところで、メールが来て、文香の家の庭に避難していると言ってきた。そういえば、隣の敷地だったと思い出す。文香はまだ開場だろうか。




 見覚えのある家とその隣のアパートに到着する。既に例のアニメ声が騒ぎ立てているのが聞こえていた。最初に見たメッシュ、ゴス、ふくよかの三人だけだった。ドアの方に夢中で周囲を気に掛ける様子がないのを確認し、前場家の門に入る。

 在川の安否を確認する。

「……」

 居た。在川は木に擬態していた。その代名詞とも言える赤い髪は、庭木によくある葉の赤い木と一体化し、衣服はダークグレーのテーラードジャケットで塀の色に溶け込んでいた。普段目立つ癖に、見事なステルス性能を発揮するものだ。

「心配する事なかったか……?」

 つい口に出ていた。その声に気が付いて、在川が振り返る。

「トシ、おっそい……」

 声が少し震えていた。精神的にダメージを負っていたようだ。

「出先だったんだよ、とにかく離れよう」

「うん……ドア、無事でいてくれ」

 心配するところとか、相変わらず微妙にピントがずれているのは普段通りだ。少しは学習したらしく、テーラードに付いたフードを被った。愛利は自分の背で在川を隠しながら移動をする。連中の視界から消える路地に入るまで、無音無言。

「ひとまず、見つかってはいないか」

 路地の角から、様子を窺うが、庭木の手入れをする中高年や路駐した四トントラックの配達業者ぐらいで、追って来るような人はいない。

「これからどうしよ?」

「警察に通報……いや、安全が優先か。一時避難先にあてはある?」

「えーと、公民館とか……」

「文香さんの家と言わなかっただけ褒めてあげるよ。ないんだな?」

 大げさに頷いて肯定した。

「じゃあ、寮に来る?」

「えっ!いいの?!面白そ……ん、でも」

 明らかに好奇心が顔を出したようだが、珍しく即決しない。遠慮でもしているのか、あーとかうーとか呻いている。

「他に行くとこないんだろ?遠慮しなくていいから、こんなところに居ちゃ危ないし、おいでって」

「いや、遠慮とかそーゆー意味じゃないんだけど」

 有無を言わさず連れて帰る事にし、バス停を目指して歩き始めた。


 大通りに出た所で、非常に拙い事態になった。

「ギャーーーーーー!本物だぁあ!!」

「うっそ!!ヤバい!」

「ノゾさーーーーん!」

「こっち見てぇー!!あ、気付いたぁ!!」

 三人組は増援を呼んだらしい。フードで後ろ姿は隠せても、正面から見れば無防備、ばっちり顔を確認されたらしい。車道を挟んだ向かいに、中学生らしい女子五、六人が、こちらに押し寄せんばかりだ。幸い交通量とガードレールが横断を妨げてくれているが、いつ渡って来ても可笑しくはない。

「げぇ!見つかっちゃったよ?どーすんの?」

「走るよ!!」

「うぇ~……っ」

 バス停まで数百メートル。こちらの動きを察した推定中学生女子は、一目散に反対車線の歩道を平行に走り、横断の機会を窺っている。すると、車道の車が一時途切れると一斉にガードレールを乗り越えてこちら側に渡った。

「これって、あれだよね?!リアル逃走中っ……!」

 在川を通して何らかのキャラクターに対する黄色い声が背後に迫ってくる。その間隔、約二十メートル。

「今そんな話要らないよ!口より足を動かす!!」

「えぇっ!あの子ら、意外と、足、早っ!部活何やってんだろ?!」

 余計な事を口走っている所為か、在川は既に息が上がっている。なぜこうも、迂闊なんだろうか。後方を一瞬見やる。バスが信号待ちをしているのを視界の端に捉えた。

「も、やば!横っ腹、痛ぁ」

 ゴール直前に弱音を吐く心理が理解できない。バスが愛利たちを追い越して、ウィンカーを出しながら速度を落とす。ゆったり停車して、乗客を降ろし始めた。

「止まるな、捕まる!」

 腰を手で押さえて遅れそうになった在川の手を引いて、降車中の客を避け、バスの先頭からステップに飛び込む。

「二人です」

 鞄に付いたパスケースを乗務員に見せて、ICカードで支払うと、エアの抜ける音がしてドアが閉まった。追って来た中学生は降りた客に阻まれて、とうとう追い付かなかったようだ。

 車窓を見て、在川が言った。

「あ、フーコん家のおばさん……!」

 在川の視線の先には、先ほどバスを降りて来た時にすれ違った中年の女性が居る。マロンブラウンの髪を緩く巻いて、清楚なスーツを着た小奇麗な人だ。メガネのテンプルに手を添えて位置を直す動作を上品にしている。しきりに。

 やがて、遠ざかって見えなくなった。

「あれー、うちのこと気が付いてなかったのかな?」

「さぁ?」

 愛利は、確実にあの女性が在川に気が付いたという確信があった。ついでに、逃走の援護とばかりに、わざと進路に突っ立って、追手の足止めをしたであろうことも。

(相方……!相方のセイシチだった!!まさか、文香さんの母親だったなんて……。世間は狭いっていうか、なんていうか……!!)

 前世の黒歴史から萌えカップル遍歴までお互い知り尽くした戦友である。また、共にオールドタイプの腐女子である為、「腐った思考しててすみません、生きててすみません」と、外では一切腐った発言を洩らさなかった。その反動で、腐女子だけで個室に隔離させると、萌え議論が過熱し過ぎて、一般人に聞かれたら生きて行けないような事を口走った武勇伝は、いい思い出。いい思い出だったはずなのに、むずむずと湧き上がる恥ずかしさで消えたい気分になった。


「あ。席開いたよ。座れば?」

 ちゃっかり先に着席していた在川が現実に引き戻した。在川を見て、再度観察する。

「ああ、うん」

 在川の後ろの一人掛けに座る。

「トシ?疲れてんの?死んだ魚みたいな虚ろな目ぇしてたよ」


(まさか、セイシチ……僕とこいつをネタに萌えてた、のか?)

 メガネを直す仕草は彼女が萌え過ぎて、どうにかなりそうな動悸を抑えるための癖であり、ポーカーフェイスを保つためのおまじないのようなものだった。

(ヘタレ攻め×天然元気受け、あいつの好みだったな……って!誰がヘタレだ!!!異議を申し立てたい!!ネタにされるのは慣れたけど、ヘタレ属性はないっ!!断じて)


「それはない」

 思わず、思考が声に出ていた。

「ホントに?ごめん、うちが変なのに絡まれたから迷惑かけて……」

 愛利は話の流れをあんまり聴いてなかったのだが、なぜか会話が成り立っていた。在川が殊勝にも謝っている。しゅんとした態度なのは珍しい物を見たという気がする。

「迷惑だなんて思ってないよ」

 むしろ、旧知の貴腐人が勝手な妄想を今現在繰り広げているであろうことにこちらが謝りたい。本人の知らないところでではあるが、ネタにしたら骨までしゃぶり尽くす、というのが流儀だからである。腐を拗らせた女の恐ろしい側面だ。

「悪い、ちゃんと守ってやれなくて」

 妄想から。

「そ、そんなこと!ないし!!」

(在川、お前たぶん……セイシチの中で今頃、服とかびりびりに破かれて白とか透明の粘度の高い液体を塗布されているんだぞ?)

 妄想のネタにされてることは知らないはずの在川の頬が、なぜか赤い。上目がちにこちらをチラ見しては、そわそわしているのだが、それは相方が狂喜乱舞するだけだと思ったから、やめて欲しい。


 そうこうしているうちに、学校の停留所が近づいてきたので、降車ボタンを押した。

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