7.第二章 雅代 エピソード2
「そうだったんだ、お父さん、そんなサプライズを用意してくれていたんだ……」
二人でケーキを食べた後に、多香子がしんみりと口にした。
「なんだか、お父さんらしいわ。お父さん、昔からそうだったの。思っていることを、なかなか外に出せない人でさ。そのことでお母さんはいつも、ハラハラさせられっ放しだったけど、でも優しい人だった」
「へぇ、そうだったんだ。でも、わかるような気がするよ。お父さん、口下手だけど、いつだって私たちのことを考えていてくれたもんね。ところで、お母さんたちは、高校の同級生だったんでしょ。高校のときに出会った人と結婚するなんて、なんだか素敵な話なんだけど……」
「高校の同級生ではなくて、同じ電車で通っていた間柄なのよ」
慌ててかぶりを振った私だったが、自然に頬が赤くなってしまっていた。
「へぇ、それなら、なおさらロマンチックな話じゃない。同じ電車の車内から生まれた恋なんて、素敵だね。どんな馴れ初めだったの」
そう答えて、私はうっとりと目を細める。
「そんな、ドラマのようなときめくような話ではないわよ。ただ、電車の中で、勉強を教え合っていただけ」
「そんな、違う学校に通っている生徒同士が、勉強を教え合うなんて、普通はあり得ないよ。何があったのか、教えてよ」
多香子が、目を潤ませながら身を乗り出して言ったので、私はとっさにダイニングと続きのリビングルームの、遺影の中の夫に視線を向ける。夫が生きていたら、「恥ずかしいから、話さないでよ」なんて言って、慌てて止めようとするかも知れないが、今だったら多香子に打ち明けても、夫は許してくれるだろうか。
「お母さんが、初めて通学で乗った電車の中で、お父さんを見かけたの」
そう前置きをしてから、電車の中で夫と仲良くなったことを、順を追って話し始めた。
「へぇ、毎朝、電車の中で顔を合わせていて、仲良くなれたなんて、すごいね。今は、みんなスマホをいじっているだけだから、そんな出会いは考えられないよ。で、それからどうしたの? デートとかは?」
なおも、多香子は続きが知りたいようだった。私は、にっこりと微笑みながら続ける。
「それがね、お父さんと初デートに出かけるのは、大変だったのよ。お父さん、女の子に慣れていなかったから、自分からデートに誘えなかったの。だから、ある日、お母さんの方から、遊園地に行こうと誘ったの」
「へぇ、お母さんから誘ったんだ。それに、初デートが遊園地だなんて、素敵」
いつしか、多香子は両手で頬杖をつきながら、私に視線を向けている。
「お父さんのことだから、おどおどしちゃって、手も繋いでくれないと思ったのよ。その点、遊園地なら、遊具の中で二人きりになれるでしょ」
「グッドアイデアだね。それで、お父さん、手を繋いでくれたの?」
私は、首を振りながら、「うんん、ぜんぜん」と答える。
「二人きりになるのがよほど恥ずかしかったのか、お父さんったら、メリーゴーランドとかジェットコースターとか、他の人がいる乗り物ばかり乗ろうとするのよ。でもね、お母さんは、それでもいいと思った。逆に、お父さんの真面目さや純粋さを、知ることができたから」
「うんうん、そうだね」
「初デートはそんな感じで終わってしまったけど、他にも休みの日に、一緒に図書館に行ったり、ボウリングに行ったりして、お父さんと一緒にいられるだけで楽しかった」
「えっ、お父さんがボウリングをするの。考えられない……。でも、大学は、まさか同じところに行ったなんてことはないよね。その後、二人は離ればなれになってしまったとか……」
そう言った多香子の表情が、曇ったように見えた。多香子に好きな人がいるのかどうかはわからないけれど、自分に置きかえて、話を聞いていたのだろうか。
「そうよ、別々の大学に行くことになって、お母さんたち、手も繋がないまま、別れることになったの。それは、仕方がないことだった。お父さんには、国立大学に入るという、まわりの期待があったからね。悲しいけれど、そうせざるを得なかったの」
「そう……だったんだ。なんだか、悲しいね。好きな人と、別れなきゃいけないなんて……。あっ、でも、お母さんたち、それから何年後かに、ばったり再会したんだよね。その話なら、お母さんの友達の雅代さんから、こっそり聞いたことがあったんだけど……」
「えっ、雅代がそんなことを? もう……雅代ったら……」
多香子の口から、思わぬ友人の名前が出てきて、私は軽い憤りを覚えたが、すぐに正気を取り戻した。雅代と多香子は、まるで実の母娘のように仲良くしていたし、そのことを雅代がこっそり多香子に漏らしていたとしても、悪気があってやった訳ではないだろうし……。




