9.妖怪たちのサークル
「ちょっと恙、なにすんの」
「ちったぁ相手の都合も考えてやれって。こいつ、人に近づくの苦手だって話しただろ?」
八上が美女からさっと手を放しながら言う。
「聞いたけど」
「だったら自重しろよ」
「でもここで押しとかないと、他のサークルにとられちゃったらどうすんのよ」
いやおれは別にどのサークルにも入るつもりはないんだけど、と心の中で呟く。
「強引なことして引かれたら結局意味ねーじゃん。悪ぃな、狭霧。これ、一応このサークルの代表やってる尋」
「あ、どもー。代表で妖怪の七尋女です。ちなみに七回生ね!」
七回生ってことは、留年しまくってるってことか?
七尋女というのは、簡単にいってしまえば巨人というか大女の妖怪だったはず。
七尋の『尋』というのは昔の長さの単位で今の長さにすると十二メートル以上になるらしいけれど、それがどこの長さなのか、全長だとしたら本当にそんなに大きくなるのかは知らない。
「あ、どうも。髪切りです」
「そんな他人行儀やめやめ。このサークル棟には今うちのサークルしか入ってないし、メンバーは妖怪だし、なんにも問題ないから。というわけで、入るよね?」
押しが強い。
言葉の押しだけじゃなく、身体は小さいながらも前のめりになって迫ってくるこの迫力。
「えーっと……」
「え、新歓コンパの心配? 一年は千円にしといたげるから心配ご無用! 女の子なら無料でもよかったんだけど、君、男の子だしね」
「は、はあ……って、だからおれはまだ……」
「あ、それと、わたしと恙以外にもちゃんとメンバーはいるんだなこれが。おーい、天音っち」
尋さんが室内に向かって声を投げる。
「あ、う、わたしは……」
小さな小さな声が聞こえたような気がするけれど、ここからじゃあ姿は見えなかった。
いいからいいから、という尋さんの声に促され、室内を歩くがミシミシと聞こえる。
音がするのは声の主の体重が重いからじゃなくて、ただ単にこの建物が古いせいだ。
廊下もいつ床が抜けてもおかしくないきしみっぷりだったし。
「いや、挨拶とか、別にいいんで……」
まだ入るなんて決めてないし。
「よくないでしょ。挨拶はちゃんとしとかないと」
言っている内容に関しては正論段だと認めるけれど。
尋さんがじれたように誰かを引っ張りよせ捕獲すると、ぐい、と廊下のほうへと押し出した。
「これが天音っち。天音っちは――」
「あっ!」
目の前に現れた相手を見て、思わず声を上げる。
「ひぃっ!」
おれの声に反応した黒髪の少女は、びくりと体を大きく震わせると、自分の体を抱き占めた。
ひどい怯えようだ。
現れた女の子は、昨日駅で、さっき桜並木で、おれが見かけたあの女の子だった。
そのせいでつい大きな声を出してしまったけど、まさかそんなに怯えさせるとは思わなかった。
「あ、ごめん。驚かせて」
慌てて謝ると、その子は「ん」と小さく頷いた。
おれは近距離で対峙することになった天音さんに思わず見とれる。
近くで見てもやっぱりきれいな子だった。
伏し目がちな瞼は長いまつ毛に縁どられ、ぼそぼそとしゃべるのに合わせて動く桃色の唇はふっくらとしている。
「ああ、えっと、天音っちはすごい怖がりだから、それだけ気をつけてもらえると助かるなぁ」
「……あ、はい」
「ってことで、入るよね?」
「……あ、はい」
「よし、入会決定!」
天音さんに見惚れながら、なんかしゃべっている尋に対して適当に相槌を打っていると、突然鋭い痛みがふくらはぎを襲った。
「痛ッ」
この痛み、さっきのとよく似てる――。
見ると、ついさっき茂みに飛んでったにょろりとした蛇もどきがまたしても噛みついていた。
「なっ、またこいつっ!」
ここで足を振り上げてもし誰かにぶつかったら大変だ。
とっさに、ぐにっと蛇の胴体を掴んで引きはがそうとする。
けれどぎりぎりと噛みついていてなかなか離れない。
これって、おれの足が余計に痛くなるだけかもしれない。
「こら、つっちー」
そこに、尋さんの声。
「つっちー?」
ひっぱる力を緩めて、顔を上げる。
「やっぱりおまえだったか、つっちー。まあ落ち着けって」
今度は八上が宥めるように声をかける。
だからつっちーってなに? この蛇みたいなののこと?
でも、ちっとも噛むのやめないんだけどこいつ。
「天音っち、やめさせてやって」
見かねたのか、尋さんが天音さんに両手を合わせてお願いする。
それを見て、さっきの八上の言葉を思い出す。
八上はこいつを妖怪だって言っていた。
そして確かこうも言ったはずだ。
「あいつがうろついてるってことは天音も来てんだな」と。
つまりこいつと天音さんにはなにか関係があるってことか?
「ん。つっちー、やめて」
小さな声だったけれど、つっちーなる蛇もどきにも聞こえたのか、ふくらはぎが牙から解放される。
そいつを掴んでひょいと目の高さまで吊り上げると、胴体は蛇っぽいけれど頭が横に平たいのがわかる。
もっとよく観察しようとした時、突然、目の前でつっちーが消えた。
にゅるりとなにかが滑り落ちたような感触だけが手袋越しに残っている。
「ええっ!?」
どういうことだ?
「天音が言うからやめてやったんだぞ、感謝しろ。おまえすとーかーだな? 天音を狙ってんだろ! でも、そんなのわしは許さんからな! 尋、こんな奴を仲間にするなんて、天音をこいつの毒牙にかけるようなもんだぞ、今すぐ追放しろ!」
足下でぎゃんぎゃんとわめく声がした。
見ればこなたちゃんくらいの背丈の子がそこに立っている。
けれどこなたちゃんと同じなのは身長くらいのもので、姿は平安時代の子どもが着ていたような水干姿に高下駄。
長い髪をうなじのあたりでひとつに結わえているけれど、その色は深い緑。
そしてまんまるい瞳。
これがさっきまで蛇もどきだったつっちーだということは、すぐにわかった。




