8.アルバイトとサークルと
生協で何種類かあるバイト情報誌を物色していたら、「よっ!」という声と共に肩をぽんと叩かれた。
びくっとして振り返ると、八上が「ちっす!」と片手を上げた。
「八上!」
「あ、もしかして肩叩かれるのも嫌だったか?」
なんて答えようか、少し迷う。
誰かと近づくこと自体苦手だけど、相手はこちらの事情を知ってくれている妖怪だ。
それなら、大丈夫……かもしれない。
「……いや、平気」
「今、すっげー間があったけど本当か? 平気なら別に構わねーけど、ダメだったら無理せずに言えよ。やせ我慢とかされても後味悪ぃし、そーゆーとこで遠慮とかはなしな?」
へへっ、と笑う八上につられて、おれも笑いながら頷く。
「わかったよ」
「ところで、狭霧ってもうサークル決めたのか? 実は俺、どーしてもおまえを連れて来いって口うるさく言われてるとこがあってさ。一度でいいから付き合ってくんねー?」
「いいけど……それっていったいなんのサークル?」
「まあ行きゃあわかるって。んあ、なに狭霧バイトすんの?」
八上がおれの持っている雑誌に目を留める。
「したいんだけどね……」
言いながら右手へ視線を落とした。
アルバイトのメジャーどころである接客業は少し難しいだろうなぁ、と手袋を眺めながら思う。
「ああ、それならいいとこ紹介できっかも」
「え、ほんとに?」
「おう。だからその雑誌はとりあえず戻しといて、早く行こうぜ」
さぁさぁと促されるままに、生協を出る。
学生課の前を通過するとき、さっきの蛇みたいなもののことを思い出した。
「ああゆうのって学生課に報告しといたほうがいいのかなぁ?」
他の学生が被害にあうと大変だと思い八上に相談する。
――と、八上は「ああ、あいつなぁ」と苦笑を浮かべた。
「知ってるの?」
「まあ毒とかあるわけじゃねーし、誰彼構わずってわけでもねーし、あとで一応言っとくわ」
「妖怪?」
「そ。でもそうかあいつがうろついてるってことは天音も来てんだな」
八上の話を聞いていると、この辺りでは、妖怪がうろうろしていることは別にめずらしいことではないようだ。
人間の中で暮らしている自分を棚に上げるわけじゃないけど、向こうにいるあいだに妖怪と遭遇する機会はほとんどなかったから、立て続けに妖怪と出逢うのはなんだか不思議な感じがした。
「ようこそ郷土遊楽会へ」
大学の敷地の端っこ、林の中に建つ旧サークル棟一階の一番奥。
日当たりの悪さと古さゆえの経年劣化により全体的に陰気な雰囲気を醸し出す建物の、立てつけの悪い扉を開けると、中にはなんともこの建物にそぐわない美人なお姉さんが両手を広げたウェルカムポーズで椅子の上に立ち、待機していた。
「きょーど、ゆーらく……?」
漢字変換できず、すぐ隣に立つ八上を見上げる。
「郷土料理とかの郷土と、遊ぶに楽しむで遊楽な。簡単にいえば、地元で楽しく遊ぼうぜっていうだけの集まり」
「恙、説明ご苦労さま。それで彼の入会届はどこ?」
うんうん、と美女が満足そうにうなずいたあと、ちらちらとおれたちの手元あたりへ視線を投げる。
化粧の必要のなさそうな大きな瞳に赤い唇。
鼻筋はすっと通っていて、背中で波打つ豊かな髪は染めているのか栗色をしている。
ただし、ひょいと椅子から飛び降りたその美女は、とても小柄だった。
こなたちゃんよりはさすがに大きいけれど、成人女性の平均身長よりもかなり下回ってるんじゃないかな。
「どこ、じゃねーよ。俺はおまえが狭霧を連れて来いってしつこく言うから連れてきただけで、入会届なんて渡してもねーよ。あ、でもこいつバイト探してるらしいから、その辺手配してやったら入ってくれるかもしんねーけどな」
「バイトぉ? OKOK。ってことで、うちのサークル入るよね?」
「え? でもおれ、事情があって、できるバイトが……」
「ああ、そういうのあとでいくらでも相談に乗るから。他に問題は?」
言いながら、美女がずずいとおれに近づいてくる。
小さいのになんでか迫力があって、おれはその迫力から逃げるように、間合いを取るべく後ろへ下がった。
と、美女がもう一歩前進する。おれは更に二歩下がる。
追い打ちをかけるようにもう一歩踏み出そうとした美女の腕をぐいと掴んで、八上が美女の進撃を食い止めてくれた。
おれは、ほっと安堵の息を吐いた。
既に背中は狭い廊下の壁に接触していて、これ以上下がれないところまできていた。




