6.濃い自己紹介
「八上?」
なんでここに? という疑問が頭の中をよぎる。
「お、名前覚えてもらえてんじゃん俺。やりぃ。ってかキヨさん、こなたの前でなに狭霧に迫ってんだよ。確かに狭霧はどっちかっちゃ小柄だし可愛い顔してっけど、そういうことは子どものいないとこでしようぜ~」
「恙、こなたを子ども扱いしないでっていつも言ってるでしょ? そのくらいのこと、わたしだってちゃんと知ってるんだから。狭霧にそういう趣味があるとは知らなかったけど、わたし、別に個人の趣味をとやかく言うつもりはないわよ」
こなたちゃんに叱られた八上が「悪い悪い、そうだよなぁ」なんてへらへら笑っているけれど、ちょっと待て。
おれには決してそういう趣味はない。
ついでにいえば、確かにおれは身長が飛びぬけて高くはないけれど、一応170はあるはずだ。
おれが小柄なんじゃなくて、八上とこの男がどちらも180センチ近い長身のせいでおれが小さく見えるだけなんだ。
「俺は、こいつがこなた相手に大きな声出してやがるから、ちょっと声かけただけだぜ?」
男が八上の勘違いを訂正する。
「へーぇ? でもじゃあ、なにしてんの? なんでもいいけど、俺も仲間に入れてくれよー。俺と狭霧はもう友だちだもんなっ?」
へっへっへ、と鼻の下を軽くこすりながら八上が笑う。
友だちというほどのことはまだしてないけれど、勢いにつられて頷いてしまう。
「仲間に入れるとか入れないとかってほど大したことじゃねえよ」
言いながら男がおれの手首を解放したので、この隙を逃さず八上の隣まで後退する。
「そんなに警戒しなくてもいいだろうに」
男が呆れたように肩をすくめてみせるけれど、初対面で突然詰め寄られて警戒しないでいるほうが難しいと思う。
「キヨさんが面白がって意地悪したんじゃねーの? そういえば自己紹介はした? 狭霧、この人キヨさん。この神社の留守番で、別に神職とかじゃないから」
「ど、どうも。大和狭霧です」
八上が紹介してくれた以上、こちらも挨拶をしないわけにはいかない。
「おう、知ってる」
「え?」
「へ? キヨさん狭霧のこと知ってんの? なんで?」
おれと八上が同時に疑問符を浮かべる。
「おまえも知ってるだろうが。東からひとりやってくるって話」
八上がきょとんとした顔のまま動きを止めたあと、少しの間をおいてぽん、と手を打った。
「ああ! あれかぁ。なんだ、じゃあもっと濃い自己紹介しとけばよかったぜ」
「え、どういうこと? ちょっと、話が見えないんだけど……」
八上は腑に落ちたようだけれど、おれにはまだ話が見えない。
おれが来ることが、事前に知られてた?
「案外狭い世界だから、そういう噂はすぐ広まるんだよな。ってことで改めて自己紹介な。俺、八上恙。漢字を見れば一目瞭然なんだけど、俺の名前『恙なく』とかの恙な」
「あっ……あの恙!?」
恙というのは、人の生き血を吸うといわれている妖怪だ。
ツツガムシという名のダニがいるけれど、そちらはただの虫で、妖怪の恙とは全く異なる存在だ。
八上がにかっ、と笑顔を浮かべる。八重歯なんだな、とその時気づいた。
「そ。あの恙。趣味は友達あつめ。穏便に生き血を入手すべく、日夜知り合いを増やして条件に見合う人間を探してんだ。よろしくな!」
あっけらかんと、八上が妖怪だと名乗る。
そこからは、隠そうとか気後れするとか、そういう空気が一切感じられなかった。
人間にしか見えない八上だけれど、その犬歯はいわれてみればちょっと鋭いような気もする。
山加外には妖怪がいる。
その噂が嘘だとは思っていなかったけど、まさかこんなに早く同類に出会えるとは思わなかった。
そんなことを考えているおれの前に、すっと八上が左手を差し出した。
左手。
通常握手は右手でするものだと聞いたことがある。
けれど敢えて八上が左手を差し出した行為には、きっとマイナスの意味が伴われていない。
知っているんだ。
もしくは、これまでのおれの行動から気づいたのか。
「……大和狭霧。おれは『髪切り』だよ」
自分が妖怪だから、境内に入るのを躊躇した。
神社に張られている結界が、悪しきモノを弾く程度のものなら大抵大丈夫だけど、人外全てを弾くものならアウトだった。
また悪しきモノの定義は結界を張る者の判断によって異なるから、そこでひっかかる場合もある。
神社は清浄を好む。
おれだって、清浄さは好ましいと思う。
でも、人間じゃないという事実は揺るがないから、そこで弾かれてしまえばどうしようもない。
また、妖怪は悪しきモノだと定義されてしまった場合も同じことだ。
けれどこの神社はおれを弾かなかった。
八上も平気で入ってきたということは、ここはそういう神社なんだろう。
存在を許してもらえたみたいでほっとする。
おれは左手の手袋をはずして八上の手を握った。
すぐにぎゅっと握り返される。
「心配すんなよ。ここじゃあ妖怪だって案外、うまくやっていけるもんだぜ? なんかあったらなんでも俺に言えよな」
がっちりと交わされた握手が、心強い。
「ありがとう、八上。おれは右手で……正確には右手の指先で他人の髪に触れると、その箇所から髪が切れてしまうんだ。おれの意思に関わらず。だから……人のいる場所では右手の手袋をはずしたくなかった。右手でなにかに触れるのが怖いんだ。それが怖いから、人に近づくのも苦手なんだ」
「了解。フォローすっから。そんな深刻な顔すんなって」
ぶんぶんと握手をしたままの手を振りながら、八上が笑う。
「あ、ちなみにこなたはただの人間よ」
「俺はただの留守番だしな」
一応言っておかないと、という感じで口にしたこなたちゃんの台詞のあとに、男が付け加える。
「さっきは本当にごめんね、こなたちゃん」
「別に気にしてないわ。人間にも妖怪にも、それぞれ事情があるんだもの。むしろ、こなたのほうこそごめんなさい。強引なことをしようとしたの、反省してるわ」
ぺこりとこなたちゃんが頭を下げる。
ポニーテールがこなたちゃんの背中で跳ねた。
「いや、そんな。こなたちゃんに謝ってもらうようなことは……」
「ま、なんにせよ顔合わせできてよかったじゃねえか。さあて、俺は社務所に戻って寝るわ。じゃあな」
ふわぁと大きな欠伸をして、男が踵を返した。
その背中に向かって、こなたちゃんと八上が手を振っている。
山加外に来て二日目。
おれに妖怪の友だちができて、人間の知り合いが増えた。




