5.鎮守さま
民家のあいだを抜ける長い参道の先、たどり着いたのは、手入れの行き届いた広くてきれいな神社だった。
境内に緑は少なくないものの、拝殿や参道付近からは空がよく見えてとても明るい。
鳥居を入ったところには滑り台やブランコがあって、子どもたちが遊べるようになっている。
こなたちゃんは慣れた様子で真っ直ぐ手水舎へと向かってゆく。
おれは鳥居の前で一度立ち止まってから、そっと境内へ踏み込んだ。
この山加外神社は平地にあるので、階段はない。参道の入り口と境内の入り口に鳥居が立ち、参道の脇では狛犬がしっかりと目を光らせている。
喧噪は遠く、境内の空気は清々しい。
目を閉じて澄んだ空気を感じていると「早く手を洗ったら」という声が聞こえた。
瞼を上げると、手をふいたハンカチをポシェットにしまうこなたちゃんがすぐ目の前にいた。
「いや、おれは……」
近すぎる距離に驚いて、反射的に一歩下がる。
「お参りの作法、知らないわけじゃないんでしょ? 参道はちゃんと端を歩いていたし、鳥居をくぐる前に一礼していたもの」
「知ってはいるけど……」
「じゃあ、きちんとしたほうがいいと思うわ。引っ越してきて最初の挨拶なんでしょ? 怒られても知らないわよ。さあ、いつまでも手袋はめたままでいないで――」
言いながら、こなたちゃんがおれへと手を伸ばす。
しまった、と思った時にはもう手と手が触れる直前だった。
気をつけて距離を取るようにしていたのに――。
「触るなっ!!」
咄嗟に大きな声が出てしまった。
半身を引いて、こなたちゃんから自分の右手を遠ざける。
「え……? あ……ごめ、ごめんなさ……」
突然怒鳴られて驚いたんだろう。
目を瞠り、身体を強張らせたこなたちゃんが震える声で謝る。
「……いや、ごめん。こなたちゃんは悪くない。全然悪くないんだ。びっくりさせて、本当にごめん」
小さな子相手になにやってんだ、おれ。
自己嫌悪に陥りながら、数歩後ずさる。
やっぱり、案内なんて断ればよかったんだ。そうすれば、こなたちゃんにこんな思いをさせることはなかったのに――。
「なに騒いでんだ、おまえら」
突然投げかけられた声に驚いてそちらを見ると、社務所から長身の男の人がのそのそとこちらへ向かってくるところだった。
長髪を首の後ろでひとつに結わえているようだけれど、ぼりぼりと頭を掻いているせいで肩の前にひと房こぼれ落ちている。
二十歳は過ぎているけれど三十には達していないくらいの年齢に見える。
白い袴姿だけれど胸元はだらしなくはだけているし、足は素足に草履だ。
神職さんというよりは剣道弓道など武道の練習をした帰りという感じのほうがぴったりとくる。
「よぉ、こなた」
その男はどうやらこなたちゃんと顔見知りのようだった。
こなたちゃんへ向かって軽く手を上げる。
「キヨ……」
キヨ、というのがその男の人の名前らしい。
「なにを怯えてんだ?」
男が訝るように俺へ目を向ける。
「すみません、俺のせいです。俺がこなたちゃんを驚かせてしまって……」
「ちげえよ」
事情を説明しようとする俺の言葉は途中で遮られた。
「え?」
「怯えてんのはおまえだろ」
男の言葉に驚いておれは目を瞠った。
おれが怯えていることを、今の一瞬で見抜いたっていうのか?
男は大股で一気に距離を詰めると、おれの右手首をぐいと掴み上げた。
その力は恐ろしく強くて、振り払おうにもぴくりとも動かない。
「放してください!」
「だからなにをそんなに怖がってるんだって訊いてんだよ」
「それはっ……」
「それは?」
男が口の片端を上げてにやりと笑いながらおれの答えを待っている。
「それは――」
理由を正直に告白したら、どんな反応をされるだろう。
どうやってこの場を切り抜けようか考えを巡らせていると「あっれ~? 狭霧じゃん」という声が聞こえた。
こちらに知り合いはほとんどいないから、必然的に候補者は絞られる。
キヨに右手を吊り上げられるような格好になってしまっているせいで身動きがとれないけど、なんとか首を捻ると、入学式で見たばかりの顔が参道をこちらへと歩いてくるところだった。




