56.戻ってきた日常
「狭霧大丈夫~? 生きてる~?」
尋さんの声だ。
慌てて鍵をあけると、昨日の酔いっぷりが嘘のように元気な尋さんが立っていた。
「うっす」
その後ろから、少々疲れ気味の八上が片手を上げて挨拶をする。
「あ、天音っちもいるじゃん。おはよー。っていうかおそよー。やだもしかしてお邪魔だった?」
「ううん。大和くんの食事が終わったところだから、もう大丈夫」
尋さんの目がちらりと短くなった天音さんの髪に注がれ、それから満足そうに笑った。
「まあったく男連中はあーだこーだと細かいことを気にしすぎなのよね。雨音っちもそう思うでしょ?」
こくり、と天音さんが深く深く頷く。
「いやでも、男としてそれは……」
「黙らっしゃい! 好きな男のためなら、こちとら命を差し出す覚悟くらいあるっていうのよ。全部を含めて好きなのよ」
口を挟んだ八上が、尋さんに一蹴される。
ふん、と鼻息荒く尋さんが宣言する。
好きな男好きな男ってさっきから連呼してるけど、これはどういうことだろう? と天音さんを見やると、天音さんは厳かにひとつ頷いた。
つまり、そういうことなの?
思わず尋さんの首筋に目を向けると「やだ見ないでよ~」と何故か恥ずかしそうに手で隠されてしまった。
昨日から今日にかけて、いったいなにがあったのか。
もしかして酔いつぶれた尋さんを前に、血に飢えた八上が我慢できずに!? と疑いの目を向けると、八上が「ちげーよ!」と手をぱたぱた振って否定する。
「昨日は、ゼミのみんなと一緒にお酒を飲んでたら突然血相変えた恙が飛び込んできたからびっくりしたんだけど、そのあといろいろあったからちゃんと恙を問い詰められなかったのよねぇ。で、起きたらやっぱりどうしても気になって、恙の家に押しかけたってわけ。そしたらなんかごちゃごちゃ言うからまあ、ちょっと喝を入れたっていうかぁ」
尋さん、恙の家で巨大化でもしたんだろうか。
結局うまくいったみたいだから、めでたいことだけど。
「まあ、そんなこんなで男連中が元気になったようなので、今日はそろそろ大学のサークル室の引っ越しを終わらせようと思います。あと、一応できるところは修復も。夏休みのあいだになんとかするわよ!」
「え、今から?」
確かに、ここのところ夏祭りの手伝いに忙しくて、引っ越しや片づけが中途半端なところでストップしてたけど。
「そう今から。ついでにサークル室のどこかにバーベキューセットがあったと思うから、それを発掘して夕飯はバーベキューよ」
「え、ちょ、尋さん、バーベキューっていったいどこでやるんですか?」
「サークル棟前よ」
構内でバーベキューって、やっても大丈夫なのか?
「たこ焼きできる?」
「あー……たこ焼き用の鉄板はなかったと思うけど……。あ、でも確か電気で焼けるたこ焼き器ならサークル室のどこかで見かけたから、天音っちはたこ焼き係りでいいわよ。今夜はバーベキュー&たこ焼きね」
「ん」
天音さんが今からもう腕まくりをし始めている。
そんなに楽しみなのか。
「んじゃ、あとでね!」
バタン、と勢いよくドアを閉めて、尋さんと八上が去って行った。
連絡だけなら電話でもいいのに、わざわざ家まで来てくれたのは、おれを心配してのことだろう。
本当にいい人たちなんだから。
「それじゃあ、ちゃちゃっと支度して行こうか」
「ん。シャワー浴びて着替えてくる」
「了解」
じゃ、と天音さんが庭から外へ出てゆく。
朝には死にかけていたとは思えないほど、平穏な日常が戻ってきた。
賑やかだけれど、いやじゃない。
忙しいけれど、それが楽しい。
そんな日々が、とても嬉しい。




