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55/57

55.目覚めた狭霧

 なにかが頬に触れる感触が気になって目が覚めたら、すぐそこに天音さんの寝顔があってびっくりする。


 思わず飛び起きそうになったけど、このまま飛び起きたら天音さんを起こしてしまうと気づいて堪える。


 でもなんで天音さんがここに?


 天井は見慣れたおれの部屋のものだ。

 こっくり、こっくりと舟をこぐ天音さんは、少し疲れているように見えた。


 部屋には日の光が射し込んでいて、とっくに日がのぼりきっていることがわかる。


 おれ、どうしたんだっけ。


 記憶を遡るけど、東風さんを送り、部屋に倒れ込んでからの記憶は全く残っていない。


 天音さんのまつ毛、やっぱりすごく長い。

 少し口が開いているところが可愛い。


 大きくこくりとした時、おれに覆いかぶさるように寝ている天音さんの髪が頬に触れた。

 さっきから当たっていたのはこれだったのか。


 くすぐったさに負けて、そっと避けようと左手を伸ばしたところではっと気づく。


 天音さんの横髪が、ひと房、耳の前あたりでざくりと切れてしまっていることに。

 

 ざあっと血の気が引く。


 おれは素早く右手を確認する。

 無防備に晒されている右手がそこにあった。


 そうだ、包帯は東風さんの後ろ髪を切る時はずして、それきりだった。


 寝ているあいだに、天音さんの髪に触れてしまったのか!?


 おれは慌てて天音さんの太ももの上から飛びのいた。


「ん……大和くん?」


 おれが動いた拍子に目が覚めたのか、天音さんが少し寝ぼけた声でおれの名前を呼ぶ。


 そうだ。なんでおれこんなに機敏に動けるんだ?


 あんなに重かった体も、まるで自分のものじゃないみたいに冷たかった指先も、いつも通りに戻っている。


「天音さん、おれ、君の髪を……」


 愕然として、天音さんの髪を正面から見る。

 無残に切れた髪が、痛々しい。


 おれ、なんてことを――。


 ショックに固まっていると、天音さんが瞼をぱちぱちとさせたあと、まっすぐおれを見据えた。


「ごめん、おれ……」

「違うの」


「え?」

「これは、わたしが自分でやったの。大和くんに、食べてもらいたかったから」


 天音さんが、そっと短くなった自分の髪に触れる。


「天音さんが、おれに……?」


 理解が追いつかず、天音さんの言葉をただ繰り返す。


「そう。大和くんが約束を破ろうとしたから、おしおき」


 おしおき? おれに自分の髪を食べさせることが?


「そんな……。そんなの、天音さんが辛いだけじゃないか」

「大和くんは、勘違いしてる。わたしは全然辛くなんかない。わたしの髪なんて、どうでもいいの。大和くんが傍にいてくれるなら、髪はどれだけでもあげる」


 勘違いだって?


 おれは天音さんの顔をまじまじと見た。

 冗談を言っているわけではさそうだけど、俄かには信じられない。


「でも、髪は女の命、じゃないか」

「大和くんの命、と比べられるようなものじゃないよ」


「おれは……おれは、おれのせいで天音さんの髪がどんどん短くなるなんて、耐えられない」 

「耐えて」


 強い口調だった。

 きっぱりと、はっきりと、おれに向かって告げる。


「え?」


「約束を破ろうとした罰だよ。わたしはすごく怒ってる。だから、大和くんにはずっと傍にいて、ずっとわたしの髪を食べて、ずっと耐えてもらう」


「天音さん……」


 天音さんのいう罰は、ちっとも罰になっていない。


「わかった? わかったら今度こそ約束して。絶対に、死ぬようなことはしないって」

「……わかったよ。おれはこれからずっと耐え続ける。ごめんね、天音さん。ありがとう、おれを助けてくれて」


「どういたしまして、だよ」

「でも、ほんとうにいいの?」


「考えるまでもないわ」

「ほんとうに?」


「くどい」


 びしっ、と短く叱られた。


「ごめんなさい」


 謝ったとき、どんどんどんと玄関のドアが激しくノックされた。


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